昨年も『VIOLET』、『リア王の悲劇』、絢爛豪華祝祭音楽劇『天保十二年のシェイクスピア』など、いずれも演劇ファンの心をガッチリと掴んだ作品の演出を手がけ芸術選奨演劇部門文部科学大臣新人賞を受賞した藤田俊太郎。手がける作品から目が離せないとの評判も高い藤田俊太郎演出の舞台『Take Me Out』2025が、現在上演中だ。
『Take Me Out』は、2002年初演のリチャード・グリーンバーグによる戯曲で、2003年にアメリカ最高峰の演劇賞トニー賞作品賞を受賞している。
物語は、メジャーリーグで首位を走るエンパイアーズのスター選手ダレンが、シーズン途中で突如自身が同性愛者であるとカミングアウトした記者会見の直後から始まる。チーム内では、その告白を好意的に受け止め、理解しようと努める者がいる一方で、不快感を露にするチームメイトもいる。そして、その衝撃告白を機に、性的マイノリティや人種差別などに対する社会的マイノリティ問題が浮き彫りにされる。アメリカでの初演時から比べると、社会的マイノリティに対する理解は得られるようになってきているかもしれないが、現在でもまだ芝居の普遍的なテーマとして、日本を含め世界中で確実に存在している。物語の舞台となる2003年言えば、野茂英雄がロサンゼルス・ドジャースで活躍している年であり、社会的背景にはイラク戦争開戦がある。
次第に負けが込んでいくエンパイアーズの救世主として現れた天才的な投手シェーンに陰りをもたらしている過去、異国にあってチームメイトとのコミュニケーションがままならず疎外感を感じ苦悩する日本人投手カワバタの孤独など、チームメイトたちの抱える実情が、彼らがすべてをさらけ出せる楽園であるはずの「ロッカールーム」で、その渦巻く閉鎖性が浮き彫りになる。

本作の藤田俊太郎演出による日本初演は2016年で、第51回紀伊國屋演劇賞団体賞対象作品となり、2018年に再演されている。再演から7年を経ての3度目の公演となる本作は、2チーム体制のキャスティングという過去2度の公演とは違うアプローチで上演されている。2018年の再演を支えたオリジナルメンバーに新メンバーを加えた経験豊かな〝レジェンドチーム〟と、330人の中からオーディションを勝ち抜いた〝ルーキーチーム〟。2チーム体制で、それぞれ違った演出を施すという、藤田俊太郎が新たな試みに挑んでいる。
「また挑戦したいと常々願っていた戯曲」と語る藤田は、2チームのチームカラーに合わせてアプローチを変えたいと考えたと言う。重厚なせりふ劇のレジェンドチーム、躍動する群集劇のルーキーチームと言っていたが、レジェンドチームは、メイソンとキッピーという2人の語り部を中心として語りの劇としての仕上がり、ワークショップによる全キャストオーディションを経て一緒に仕事をするルーキーチームは、チームが一丸となる群集劇という仕上がりである。

オープニング、エンディング、演出、解釈と、全てが違う作品になっている。カンパニー全員の個性すべてが、魅力として発揮できるような演出をと考えたことで、同じシーンを作らないという結果を生んだとも思える。実際、同じシーンを作らないことを目標に掲げたことで、結果としてキャスト一人ひとりの個性と魅力が炸裂した舞台となっているとも思える。単なるWキャストというのとは異なる、ある意味レジェンドチームとルーキーチームとの闘いでもあっただろう。「言葉で始まり言葉と光で終わるレジェンドチーム」、「言葉で始まり言葉と心で終わるルーキーチーム」と、藤田はそれぞれの演出を表現している。
再演でメイソンを演じ、今回レジェンドチームでも同役を演じる玉置玲央は「チームごとに見せたいもの、意図も全く違う。前回から7年、年齢も重ねて、社会情勢も大きく変化するなかで個人的にいろんな経験を積んだことで、ぼく自身人間としてもある種の成長があったはずなので、前回と比較しても全く違う作品になっている」と自信をみせ、せりふの行間から俳優としてのサムシングを受け取った。


初演から変わらずダレン役を演じるレジェンドチームの章平は「各自が意見を出し合ってそれをみんなで解決しようという現場を藤田さんが作ってくれる。そんな稽古の現場は、ほかの作品ではなかなか味わえない」と、自身の役をさらに深く掘り下げてみせるせりふに説得力を感じさせてくれる。

タケシ・カワバタ役で今回レジェンドチームとして初参加の原嘉孝は「全シーン、すべての役の解釈を全員で共有する現場を藤田さんが作ってくれた」と、藤田演出の成果を見せてくれている。
ルーキーチームのキャストたちも、チーム一丸となりながらも、それぞれの俳優としての魅力をアピールしレジェンドチームとは色彩の違う役を創り上げている。
藤田はこの芝居のタイトルに「追い出す」のではなく「連れ出す」というテーマを読み取る。相手を理解しようと努めることが、相手にとって必ずしも好ましい結果をもたらすとは限らない。言葉に託す思い、言葉にするのが難しい思いに希望を込め演出することを強く思った、と藤田はいう。そこに演出家の明日への優しい眼差しを感じる。参加した俳優たちも、演出家・藤田俊太郎により、今までとは違うどこかに〝連れ出された〟のかもしれない。
野球の躍動と演劇の持つ力が交錯する本作。2チーム観ることで、本作のテーマへの理解が深まるはずだ。
