散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第61回 2025年5月27日
何が入っているんだろう。
子供の頃から、ずっと興味津々で見ていた。電車の運転手さん、車掌さんの黒いカバンだ。
子供の頃は、勿論テレビなど無い。映画など数年に一度観れたら事件だ。
だから、たまに乗る電車は遊園地と同じくらい楽しい視覚体験だった。すぐにズックを脱ぎ車窓からの、去っていく光景を凝視した。次から次へと変わっていく風景。2度と現れない家。風にそよぐ稲穂。突然現れるトンネルの暗黒。電車に向かって手を振る子供達。
考えてみれば、それは映画の移動撮影であり、フェードイン、フェードアウトである。電車は映画館だったのだ。
だから、電車の乗務員は憧れの存在だった。カバンには未知の凄いものが詰まっているに違いない。一度でいいから見てみたい。ずっとそう思っていた。

最近、そのカバンを撮影している。(笑)子供の頃のワクワク感を思い出したからだ。救命具や時刻表、簡易トイレ、その他緊急時に必要なものが入っているに違いない。勿論知りたくもない。カバンには、子供の頃の憧れが眠っているのだ。わざわざ起こす事はないのである。

はぎわら さくみ エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の特別館長、金沢美術工芸大学客員教授、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。