散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第66回 2025年10月30日
若いカップルがデートしている。彼等は共に貧しく、レストランやカフェに入る余裕はない。
ニューヨークは、2人の憧れの大都市だ。彼等はただ歩きまわるだけがデートなのだ。ふと、彼女が立ち止まって、何か彼と話し出す。2人はアパートから彼女の姿見鏡を持ち出す。そして、高級ブティックが並ぶ店のショーウィンドウにその鏡を立てるのだ。ガラスの中のものを外にいる自分達の鏡に写すためだ。
2人は満足そうに笑う。欲しかったものが、ガラスケースを飛び越えて、自分達の鏡の中に入ってきたからだ。
50年も前にみた短編映画なのに、いまだに忘れられない。こう言う想像力、遊び心が今最も失われてしまっているような気がしてならない。美しくディスプレイされた窓は、実は観る者にイメージを発揮させる事が出来るのか、試しているのである。
私も、2人の若者と同じように、ショーウィンドウを携帯のカメラという鏡に写して楽しんでいる。ただし、人通りの少ない、誰も見ない小さなものばかりだ。それは、子供の頃出会ったお店を思い出させてくれる、懐かしい光景なのだ。
はぎわら さくみ エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の特別館長、金沢美術工芸大学客員名誉教授、、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。