スマホ散歩

第67回【萩原朔美 スマホ散歩】 孤影悄然として佇む

散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。



第67回 2025年11月27日

 いつも見かける自動販売機が、
 ある日突然役割を終える。中身のない姿は寂しげだ。なので、つい撮影してしまう。自販機の遺影みたいだ。

 
 
 商品の入っていない有り様は、内臓を処理された魚を連想させる。魚は内臓から腐る。だから、最初に切り離してしまう。それと同じように感じるのだ。

 
 何故寂しげに見えるのか。それはなんといっても、あの「ガタガタン」という商品の落下音の幻聴が蘇るからだ。ボタンを押した時は、その商品が本当に手元に来るのだろうか、などと思ってしまうのに、その不安を笑い飛ばすような豪快な落下音。気持ちいい着地音。それが聞けないと思うから、引退した自販機は寂しく見えるのだ。嘘だと思うなら、道に粗大ゴミとして置いてある、冷蔵庫、タンス、ソファーをイメージしてもらいたい。まったく寂しさは感じないだろう。落下音が寂しさの発生元なのである。(笑)



はぎわら さくみ エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の特別館長、金沢美術工芸大学客員名誉教授、、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。



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