23.02.28 update

第24回 東宝撮影所名物、大プールと農場オープン

1932年、東宝の前身である P.C.L.(写真化学研究所)が
成城に撮影用の大ステージを建設し、東宝撮影所、砧撮影所などと呼ばれた。
以来、成城の地には映画監督や、スター俳優たちが居を構えるようになり、
昭和の成城の街はさしずめ日本のビバリーヒルズといった様相を呈していた。
街を歩けば、三船敏郎がゴムぞうりで散歩していたり、
自転車に乗った司葉子に遭遇するのも日常のスケッチだった。
成城に住んだキラ星のごとき映画人たちのとっておきのエピソード、
成城のあの場所、この場所で撮影された映画の数々をご紹介しながら
あの輝きにあふれた昭和の銀幕散歩へと出かけるとしましょう。

 2022年に創立90年を迎えた「東宝」。その起点となるのは、‶白亜の殿堂〟と称された第1&第2ステージの完成時、すなわちP.C.L.(Photo Chemical Laboratory=写真化学研究所)創立の年、1932年(昭和7年)である(註1)。

 現在なら、東宝スタジオ・メインゲート前に鎮座するゴジラ像か、『七人の侍』と『ゴジラ』の巨大壁画がそう言われるのかもしれないが、「撮影所名物」と言えば、古くからの東宝関係者なら迷わず、この第1&第2ステージを挙げるだろう。しかしながら、このP.C.L.由来の旧ステージは、今やスーパーマーケットや電化製品の量販店が入る建物に姿を変え、往時の姿はまったくとどめていない。他には、旧本館ビル(57年竣工)脇の正門を入ったところにあった噴水なども、かつて当所で働いていた映画人にとってはシンボル的存在であったろう。

 しかし、筆者にとっての東宝撮影所名物は、特撮用「大プール」と「農場オープン」以外になく、今回はこの両施設について振り返ってみたい。

 さて、東宝と言えば、『ゴジラ』に代表される怪獣映画のイメージが強いが、戦中には円谷英二が陸軍の教材映画製作を担ったほか、いわゆる‶戦意高揚映画〟=戦争映画を多数製作。ミニチュアの飛行機を使用した『海軍爆撃隊』(40年)などを経て、海軍省企画による『ハワイ・マレー沖海戦』(42年)でその技術は頂点に達する。今見ても、特殊撮影を用いた真珠湾攻撃シーンは圧巻の出来栄えで、戦後、GHQが実写フィルムと間違えたという話もまことしやかに語られている。いずれにせよ、この特撮技術が戦後の水爆大怪獣映画『ゴジラ』(54年)へと繋がっていったことは間違いない。

 400分の1のスケールで作られた真珠湾の大オープンセットは、今では日大商学部と東京メディアシティとなっている東宝第二撮影所(当時は、映画科学研究所の看板を掲げる)の敷地内に作られたもの。軍部主導の作品は、秘密保持のため、すべてこちら第二撮影所のほうで撮影されており、戦後にはGHQから戦犯扱いされることを怖れた森岩雄撮影所長の命により、フィルムは他の戦争映画と共に当撮影所の地中に埋められたという。

▲ 現在の日本大学商学部キャンパス。ここに新東宝撮影所があった(筆者撮影)

1 2 3 4 5

映画は死なず

新着記事

  • 2024.10.03
    令和の今もコーラスで親しまれるH2Oが昭和58年リ...

    H2O「想い出がいっぱい」

  • 2024.10.02
    松田優作唯一のドキュメンタリー映画『SOUL RE...

    文=河井真也

  • 2024.10.02
    「世界の持続可能な観光地TOP 100選」第1位─...

    佐藤正毅「箱根DMO」戦略推進部マネージャー

  • 2024.10.01
    永青文庫所蔵の織田信長の手紙が一挙公開される!「信...

    10月5日( 土)~12月1日( 日)

  • 2024.09.30
    お一人様用

    【スマホ散歩】文:写真 萩原朔美

  • 2024.09.30
    第3回 森繁久彌(前編)☆ 権威や体制に抗った喜劇...

    文=高田雅彦

  • 2024.09.27
    【帯津良一・88歳のときめき健康法】女優・浜辺美波...

    文=帯津良一

  • 2024.09.26
    西城秀樹は昭和50年「白い教会」を歌ってバカヤロー...

    美樹克彦「花はおそかった」

  • 2024.09.24
    老いは戯れるもの─萩原 朔美の日々   

    第23回 キジュからの現場報告

  • 2024.09.24
    本国パキスタンで一旦は上映禁止となった話題作、『ジ...

    応募〆切:10月15日(火)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!