第36回【成城シネマトリビア】 美空ひばり、成城の通りで歌う! 〝成城ロケ映画〟の宝庫、新東宝作品はあなどれない

 最後は、2024年に生誕100年を迎える高峰秀子の主演作『虹を抱く処女』(48年/監督:佐伯清)で締めくくろう。
 1937年に松竹から引き抜かれて東宝に入社した高峰。まず会社からあてがわれたのは、成城の真新しい借家だった。自著によれば、この家は十坪ほどの庭付つきで、六畳二間と八畳。小さいながら風呂場と一坪ほどの台所があり、撮影所から歩いて十分。隣は成瀬巳喜男と千葉早智子夫妻が住んでいたという。
 高峰は成城で何度か転居を繰り返すが、これらはすべて借家で、一軒だけは場所が判明している(市川崑監督が居候していたという家は不明)。そして、新東宝設立後の1946年、高峰は小田急線北側の売り家(成城町416=現成城五丁目の山本嘉次郎監督邸筋向かい。百坪ほどの庭がある)を購入する。ただ、今当地を訪れてもこの家を特定することはできない。成城も、こうした広大な敷地を持つ家は少なくなってきているからだ。
 それはさておき、いわゆる〝難病もの〟メロドラマである本作は、製作者が成城に住んだ青柳信雄であることから、またしてもご近所が舞台となる。
 病院で看護師をする高峰には、音楽家で結核患者の恋人・上原謙がいる。交響曲(シンフォニー)づくりに励むこの音楽家のモデルは、本作の音楽を手がけた早坂文雄だそうだが、早坂は成城の次に住んだ砧町で亡くなっている。
 劇中、高峰は成城の西端に架かる「不動橋」を渡って、上原の家へと向かう。してみるとこの家は、国分寺崖線脇を流れる「野川」沿いにある小田急の車両基地(検車区)か、故大林宣彦監督が住んだ辺りにあったことになる。
 かつて戦地で看病した患者から求愛され、二者択一を求められる高峰。最終的にタイトルどおり、空にかかる虹を見て上原を選ぶ決心をするのは、この高台から見た虹が特別な感情を呼んだからに違いない。
 成城は、仙川(東側)と野川(西側)の二つの川にはさまれた〈台地〉上にあることで、住んでいるとあまり実感できないが、実は建物さえなければ、どこからでも富士山が眺められる〝高台のまち〟。100年前にこの環境の良い台地を学校用地(新宿牛込からの移転先)に選んだ成城小学校=成城学園は、まこと先見の明があったことになる。

▲この橋を少年ジェットや女賭博師、高峰秀子が渡った(筆者撮影)

 三年に亘った連載をお読みいただいた皆さんには、改めてお礼を申し上げます。すべて読んでいただければ、あなたもきっと成城通になれるはず。成城は今さら言うまでもなく、〝学園都市〟にして〝映画のまち〟という日本では稀な街。本稿をガイドに、是非一度お訪ねいただければ幸いです。


高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。

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