第18回【私を映画に連れてって!】満島ひかりと安藤サクラが大ブレイクすることになる園子温監督映画『愛のむきだし』

 

 キャストの中で、監督が最初からこだわっていたのが満島ひかりさんだった。僕は、よく知らなかった。事務所のマネージャーと会った時、何冊か水着の写真集などを渡され、10代では<Folder(フォルダー)5>でアイドルだったと。<フィンガー5>世代の我らには沖縄出身だけは認識できた。本人と初めて会った時「アイドル崩れ……ですがこの映画で女優として勝負かけたい!」旨を言われ、凄い迫力を感じた。

 
 行動も伴い、撮影前には、渋谷区内の小学校の夜の体育館を借り、日々、アクション指導を受けていた。一度、覗いた時も、マットや跳び箱のあるところで、汗だくの彼女がいて、感動すら覚えた。

 
 もう一人は安藤サクラさんだ。昔、一緒に『新宿鮫』(1993)で仕事をした奥田瑛二さんの娘さん程度の認識だった。僕としては珍しく、撮影現場に顔を出した。「長さ」のことが気掛かり……というのが一番の理由だが、いつも安藤さんがいて、こんなに出番があったかな? と思うほどだった。奥田さんも気になったのか、撮影現場にいらして、久々にお話しした。その日は、彼女は血みどろのシーンだったが。

 

<AAA(トリプル・エー)>の西島隆弘さんはプロデューサー側のキャスティングだが、見事にはまった気がする。

 
 西島隆弘、満島ひかり、安藤サクラの若手陣と、渡部篤郎、渡辺真起子らのベテラン俳優が上手く絡み、とても良いキャストの組み合わせになった。

 

 一方で、長さに関する懸念は払しょくできないままだった。昔、大林宣彦監督と『水の旅人 侍KIDS』(1993)を製作した際、「1時間半が理想です!」と話した時に「僕は、普通の2倍、シナリオが2ページで1分ですから200ページでも1時間30分台で撮れますね」という大林監督のフレーズが蘇り、300ページなら2時間半で可能か、と独り言を言ってみたり……。

 
 ラッシュ(撮影部分試写)は、すこぶる面白く、僕の予想を超える出来だった。シナリオに無いシーンも加わったような気もしたが……。

 

 撮影が終わり、編集マンのスタジオで全体ラッシュ。監督はこのバージョンで行きたい、と事前に聞いていた。ラッシュなので音付けも無い状態なのに、圧倒される展開の速さ。飽きさせないストーリーの中で俳優たちが躍動する。傑作かも。


「これ、ちょっと長めだけど、どれくらいの尺」


「5時間ちょうど位です!」


 まず、カンヌ映画祭が脳裏を駆け抜け、次に上映予定の劇場、ユーロスペースの支配人の顔が浮かぶ。「1日2回上映も厳しいのでは……。途中休憩あり??」そんな長い映画は作ったことがない。


 即刻、「面白いけど、2時間半程度で約束したよね……」


「わかりました。2時間半バージョンで編集し直します」と、監督がやけに素直に。


 アメリカでは編集権はプロデューサーにあるが、日本は監督との〝協議〟がほとんどだ。『スワロウテイル』の時は、僕が配給会社との契約で「2時間15分程度」と契約を交わしていた。監督最終バージョンはほぼ3時間だった。とても面白かった。しかし「2時間15分程度」ではない。やはり2時間30分を切らねば、と決断し、2時間29分の完成版となった。カットしたシーンには僕が好きなシーンもあったが、そこは堪えて……。


 『愛のむきだし』のカットはそのレベルではない。半分の尺だ。その後、編集し直した2時間半バージョンを観せられ、最終決断を迫られる。これではダイジェスト版だ。面白さ半減、というか面白くない。まさか2部作にも出来ない。カンヌは厳しいだろうが、日本の公開は1日2回以上上映しなくては……。


「4時間を切ろう! 3時間何分ということで。以上!」


 中味には殆ど言及しなかった。出来なかった。撮影が終わった時から「5時間」は監督の頭の中にあったのだ。2時間半バージョンは、「ダメ」のリアクション想定なのである。勝ち負けではないが、ちょっと負けた気分になった。


「完成尺3時間57分」。3時間台の映画です! というには無理があり、「4時間」の映画になった。



▲園子温監督23作目の作品となる2009年公開の映画『愛のむきだし』。第59回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に選ばれ、若手監督の登竜門であるフォーラム部門で上映された。結果、カリガリ賞と、国際批評家連盟賞を受賞した。園監督が知り合った〝盗撮のプロ〟の実話を基に、監督自身の体験や取材を組み込んだ作品で、親の愛情が欠如した状態で育ち、その空虚感を埋め合わせるために変態行為、暴力、宗教などに走る若者たちの姿を描いた衝撃的な作品であると共に、若手俳優たちのエネルギッシュで、その役に入り込んだ演技が印象的な映画だった。西島隆弘、満島ひかり、安藤サクラ、渡辺真起子、渡部篤郎などのほか、まだその名を知られていないころの綾野剛や松岡茉優の顔も見える。キネマ旬報ベスト・テンでは日本映画ベスト・テン第4位に選出され、西島隆弘は新人男優賞を、満島ひかりは助演女優賞を受賞した。毎日映画コンクールでは、園子温が監督賞に、西島隆弘と満島ひかりがスポニチグランプリ新人賞に輝いた。映画雑誌「映画芸術」の2009年日本映画ベストテン第1位に選出されている。ベルリン国際映画祭でのQ&Aには園子温監督(右端)と安藤サクラ(左から2人目)が登壇した。


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