久保明の代表作と言えば、どなたも『潮騒』(54/谷口千吉監督)の新治役を挙げるだろう。原作者の三島由紀夫自身、新治と初江(青山京子)の配役を映画の成功の一因と認める発言をしており、青山とのコンビは大いに人気を博したという。
再び青山と共演した『麦笛』(55/豊田四郎監督)や、実弟・久保賢=のちの山内賢と出演した『あすなろ物語』(同/堀川弘通監督)での久保の溌剌ぶりも実に印象深い。これが本人にとって幸福なことであったかどうかはさておき、こうして久保には終生、青春スタアとのレッテルがついて回ることとなる(※4)。

前述の傑作青春映画『二人だけの橋』以降、東宝で久保が〝主役〟級で活躍する作品は、あまり見られなくなる。黒澤映画にせよ成瀬作品にせよ、怪獣・特撮ものにせよ、さらには岡本喜八監督作にせよ、久保が演じる役柄はどれもありきたりの青年役ばかり。『マタンゴ』以外で異彩を放ったのは、石原慎太郎が監督した『若い獣』(58)のボクサー役くらいで、後年は誠に気の毒な俳優生活を送ることに。
肝心要の黒澤映画『椿三十郎』(62)に若侍役で抜擢を受けたときも、弟の久保賢とセットでの配役=兄弟役であり、悲しいほどに見せ場はなし(※5)。同じく山本周五郎原作の藩政改革もの『斬る』(68/岡本喜八監督)にまたも若侍として出演するが、ここでも星由里子をめぐって同志に殺されてしまうという悲惨な役柄だった。
その後、東宝の演劇部に移った久保をスクリーンで見ることはほぼゼロ。候補に上ったハヤタ隊員役=ウルトラマンを演じていていたら、運命はまた違った方向に進んだのかもしれないが、これも実現せず。久保明こそ、まさに〝悲しき青春スタア〟と呼ぶべき映画俳優なのであった。
二人のその後の俳優人生を振り返ると、やはり特撮ヒロインの人気は根強く、〈特撮ものにも出演経験はあるが決定的な役がない〉久保との差は歴然。水野は悪女より、フランケンシュタインの良き理解者や、南海の孤島に生きる女として、特撮・怪獣マニアの心に残る女優となる。
ただ、『怪獣大戦争』(65)で演じたX星人役が代表作と言われたら、ご本人はどうおっしゃるだろうか。筆者は『コタンの口笛』(59)のアイヌ娘や『その場所に女ありて』(62)の落ちこぼれキャリアウーマン、後年だと『恋は緑の風の中』(74)のお母さん役、それにテレビドラマ「気になる嫁さん」(71)の長女役などに魅力を感じたクチだが……。
※1 『マタンゴ』の大筋はウィリアム・H・ホジスンの短編『夜の声』に基づく。「原案」に名を連ねる星新一と福島正実がどこまでアイディアを出したかは不明だが、和田誠氏は、本作の元はサボテンと人間が合体するイギリス映画『原子人間』(55)にアメリカ映画の『ハエ男の恐怖』(58)と『恐怖のワニ人間』(59)だと指摘する。
※2 マタンゴたちの笑い声(?)にゾッとさせられた子供たちは、後年バルタン星人に恐怖の記憶を呼び起こされることになる。
※3 その初々しい演技が評価され新人賞候補に挙がった水野。某プロデューサーから「今年は佐藤允に譲ってくれ」と言われ、これを了承すると佐藤が本当に新人賞を受賞。映画界の裏側・実情を知り、大きな衝撃を受ける。
※4 当時、東宝青春スタアには江原達怡の他、『夏目漱石の三四郎』『朝霧』などの山田真二などがいたが、やはり大成せず。
※5 『二人だけの橋』でも久保明の少年時代を演じた久保賢。日活と契約したことで、結局、兄弟共演は叶わず。

高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。