『不滅の熱球』(55)で軽やかに野球選手=沢村栄治役を演じ、『遥かなる男』(57)ではアクション俳優としての一面を垣間見せた池部。『重役の椅子』(58)や『黒い画集 寒流』(61)でのシリアス演技はお手の物として、意外にも悪の魅力を発揮した『男対男』(60)ではのちの東映作品における役柄の萌芽も見られる。
あまり語られることのない佳作『33号車応答なし』(55)での警官役も良く、これは新東宝『暁の追跡』(50/市川崑監督)で演じた若き巡査の、その後の姿のようだ。
いくつかの映画で、池部は復員兵に扮した。中尉にまで昇進した軍隊経験が活かされたのが、山口淑子扮する慰問歌手との逃避行を描いた戦争メロドラマ『暁の脱走』(50/当初は市川崑が監督予定だったが谷口千吉に交代)なら、軽妙洒脱な面をさらに発展させたのが、自ら会社に企画を出した『トイレット部長』(61)というサラリーマン喜劇だった。
冒頭の「トイレの歴史」を解説する愉快なオープニングは、池部のアイディアを生かしてつくられたもので、ここからもいかに池部が〈映画をつくる立場〉に固執していたかが分かる。
インタビュー本『映画俳優 池部良』(ワイズ出版)では本作の監督・筧正典を「相性が合っていた」と評する池部だが、最終的には「豊田四郎しかいない」と断言。やはり東宝時代の代表作は、豊田による文芸作ということになるのだろう。
それでも、池部の代表作として〈イの一番〉に挙げねばならないのが、原作者・石坂洋次郎たっての希望で十八歳の旧制高校生役を演じた『青い山脈』(49/今井正監督)である。
このとき、高校生六助を演じた池部の年齢は三十一歳。しかし、池部はのちに実際は御年三十三歳(それも総入れ歯!)だったことをカミングアウト。本作で相手役を演じた杉葉子は二十歳で十三もの年の差があり、教師役の原節子も池部より四つも年下だったのだからビックリである。
見た目が異様に若い池部は、この後も多くの映画で年齢差のある=年の若い女優たちと恋人役や夫婦役を演じていくことになる。