—老体からは逃げられない。でも笑い飛ばすことは出来る—
萩原 朔美さんは1946年生まれ、2023年11月14日に77歳、紛れもなく喜寿を超えているのである。本誌「スマホ散歩」でお馴染みだが、歴としたアーチストであり、映像作家であり、演出家であり、学校の先生もやり、前橋文学館の館長であり、時として俳優にもなるエッセイストなのである。多能にして多才のサクミさんの喜寿からの日常をご報告いただく、連載エッセイ。同輩たちよ、ぼーッとしちゃいられません!
連載 第33回 キジュを超えて
暑さが身体を攻撃してくる感じだ。ただの高温多湿に身体が付いていかないのではない。暑さが行く手を塞ぐような、自由を剥奪するような感じなのだ。加齢は、身体の自由な活動をゆっくり奪い去り、自然現象に対処する能力まで減少させるのだから堪らない。
今年は、時間があるとすぐに山に逃げることにした。家は標高800メートルにあるので、クーラーも扇風機もない。真夏でも布団を掛けて寝る。老体には有り難い。

山に居て一番好きなのは、朝の賑やかな鳴き声で起こされることだ。何故、鳥たちは早朝鳴くのか。調べたら、地上の冷たい空気と朝日で熱せられた空気の二層がぶつかるからだそうだ。鳥はその二層の境界面に声を反射させて遠くに飛ばすのだ。元気だなあ、まだ見ぬ遠くの異性に話しかける。その積極性、前望性に励まされる。(笑)
勿論山は怖い事も沢山ある。去年は、草刈りしていてマダニに手を刺された。マダニの事をよく知らなかったので、掴んで捨ててしまった。調べたら、取り除くと歯が人の身体に残ってしまい、大変な事になるという。すぐに病院に行った。マダニだと伝えると、噛まれたあたりを切除。5針縫った。キジュを超えても、知らない事だらけだということをつくづく知らされた。身体を酷暑から攻撃されてものんびりせず、まだまだ学べ、と言うことだろう。(笑)

第32回 命のデータ
第31回 目の奥底
第30回 老いも若きも桜の樹
第29回 僻んではいません
第28回 私の年齢観測
第27回 あゝ忘却の彼方よ
第26回 喜寿を過ぎて
第25回 生前葬でお披露目する「詩」
第24回 我を唱えず、我を行う
第23回 老いは戯れるもの
第22回 引きこもりの愉しみ
第21回 楽しい会議は老化を防ぐ

はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長特別館長、金沢美術工芸大学客員教授、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。