第9回 映画『ホタル』の舞台挨拶で、「震えるんだよね」と言った高倉健

 本社の宣伝部長としての最大の仕事は、まず、宣伝のプロジェクトチームのメンバーを組むこと。宣伝プロデューサー、プロデューサー補佐、ポスターなどのアド担当、テレビ担当、紙媒体担当など、6、7人くらいのチームを組む。それを組んだら、部長の仕事はほぼ終わりだと言っていい。あとは製作委員会と社内の調整くらい。

 私が本社の映画宣伝部長として一から関わった映画は『北の零年』である。ただ、宣伝部長というのは、宣伝にはほとんどタッチしない。製作委員会に出て宣伝費を確保すること、そして宣伝プロジェクトチームを作るのが主な仕事。宣伝プロデユーサーというチームリーダーがいるので、宣伝業務は任せっきりである。ただ、問題が発生したときのトラブル処理のため、各方面に頭を下げるのは私の出番である。担当者では埒が明かない。相手の事務所もそうだが、なんでも肩書がものを言う。そのための肩書でもある。この3つが主な仕事。

 宣伝部長というのは捕鯨船の母船で、いくつもの船団が鯨を捕って戻ってくるのを、静かに見守って待っていればいい、と部下から言われたことがある。宣伝費は大体オーバーする。そのときは上司がなんとか処理してくれるだろうということで、宣伝費の増額を製作委員会で承認をもらって、稟議をあげてもらうというのが、かなりの大仕事だった。だが、一番大変な仕事はチームの編成だった。人間関係だから、それぞれに組みたい相手がいて、それを全部聞き届けていたら大変である。撮影開始までにチームを作らなければならないのだから。

2001年、東映創立50周年記念として公開された、『鉄道員(ぽっぽや)』や『あなたへ』などの名コンビ、降旗康男監督、高倉健主演による『ホタル』。高倉健は、特攻隊の生き残りの男を演じ、その妻を『夜叉』や『あなたへ』でも相手役として共演している田中裕子が演じている。高倉は、心に深い傷を負った人物が、まるで人生を償うように、ひっそりと生きる男を演じるとき、台詞以上に、高倉健という存在自体がその登場人物と重なり、観る人の心に説得力をもって入り込んでくる。そして、田中裕子もまた、高倉健演じる男に寄り添うとき、高倉の役柄と同じような悲しみを湛えた女に映る。複数の作品で共演しているのも、高倉が田中の中にそんな色彩を見ていたからではないかと思えるのだ。また、特攻隊として空に散っていった男たちを見守り続けた〝知覧の母〟と呼ばれる女性を奈良岡朋子が演じ、ブルーリボン賞助演女優賞を受賞している。奈良岡朋子もまた、高倉が敬愛した女優だった。高倉自身も日本アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたが、後輩の俳優に道を譲りたい、と辞退したことはよく知られている。井川比佐志、小林稔侍、夏八木勲、石橋蓮司、小澤征悦、中井貴一らも出演。©2001「ホタル」製作委員会

 正月映画として吹っ飛んだ『ホタル』は、結局2001年5月26日に公開された。宣伝の仕事で失敗したなと思ったのは、この『ホタル』のときである。宣伝の仕事というのは、いかにテレビの朝のワイドショーなどで紹介してもらうかがメインテーマになる。『ホタル』の完成披露のときだった。主演の高倉健が舞台挨拶で登壇する際には、通常は拍手で迎える。健さんは基本的に上映前は舞台挨拶をしない。上映後に館内が明るくなって、そこでたった今作品を観て感激している観客の大きな喝采の拍手の中、舞台に登場するのだが、このときは、タイトルにちなんで、ホタルの光よろしく、1200のペンライトで迎えることになった。拍手がまったくなく、客席にはホタルが飛び交っているだけ。観客はペンライトを振っているから、拍手ができない。シーンと静まり返ってしまって、なんとも、盛り上がりのない状況になってしまった。俳優は観客の拍手が欲しくて舞台に立つんだと、叱られた。

 その数日後、映画の舞台となった鹿児島に健さんと共にキャンペーンに出かけた。1800人収容のスタジアムスタイルの会場で、私はそのとき舞台の袖にいた。客席は満席である。上映が終わって、いよいよ高倉健の登場。そうすると、怒涛のというか、割れんばかりの拍手が、波が押し寄せるように会場内に轟いた。今でもはっきりと覚えているが、そのとき健さんが「震えるんだよね」と、私の顔を見てニヤッと笑って言った。そのときに、「宣伝というのはこういうことなんだよ」と言われたような気がした。もちろん、健さんが宣伝の云々について実際口に出して言ったりはしないが、瞬間、私は、そう言われたような感じがしたのだ。小手先の宣伝をするなよ、奇を衒ったような宣伝をするなよ、と言われたような気がしたのだ。高倉健との私の忘れられない想い出であり、宣伝とは何たるかを実感させられた瞬間だった。

 次回は社長の仕事のあれこれについて話をしましょう。

 

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