そして91年10月から半年間、京成電鉄「スカイライナー」のテレビ・コマーシャルに使用され、視聴者の耳に、どこか懐かしくもあり、また新鮮な魅力の大人好みの楽曲として届くようになった。99年には、やはりちあきなおみ版が、ネスレ日本の「ネスカフェ・プレジデント」のCM曲として流れ始め、2003年まで4年のロングランとなった。その時期、ちあきなおみは夫である郷鍈治の死をきっかけとして表舞台から姿を消していたこともあり、楽曲の知名度も上昇し、ちあきなおみの歌唱力、歌い手としての魅力も、再認識されることになった。
2000年には、「かもめの街」とのカップリングで、再販されている。さらに、2011年には、トヨタ自動車の「ReBORN DRIVE FOR TOHOKU」のCMにも楽曲が使用され、文字通りの〝スタンダード・ナンバー〟となった。ちあきのほかにも、中森明菜、さだまさし、薬師丸ひろ子、柴咲コウ、井上陽水、稲垣潤一、髙橋真梨子、大竹しのぶら、さまざまなアーティストによってカバーされている。そうなってくると、オリジナルの水原弘バージョンを聴いてみたくなってくるのだ。イントロや間奏でのトランペットの演奏が印象的で、どこか、昭和30年代のスクリーンの中から聞こえてくるような気がする。小雨が降るたそがれ時の街を傘もささずに歩く恋人たち。やがて雨はやみ、夕空晴れた街の景色。恋人たちは並木の陰で初めてのキスを交わす、というフランス映画のような洒落た、小粋なスケッチが描かれている。水原弘の歌声も声の魅力だけでサラッと歌い流していて、テンポもちあきなおみバージョンより速い。行間を読ませるようなドラマ性を感じさせてくれるちあきなおみ、どちらもその個性で味わいを出している。
水原弘は〝芸能界屈指の酒豪〟と呼ばれるくらい、飲酒に関する逸話が残る。酒浸りの放蕩三昧で、60年代には低迷の日々を送っている。だが、再び水原弘の名前に光が当たる日が訪れる。67年にリリースした「君こそわが命」(作詞:川内康範、作曲:猪俣公章)が大ヒットし、〝奇跡のカムバック〟と称されるのだ。年末の日本レコード大賞では、伊東ゆかりと共に歌唱賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも6年ぶり、4回目の出場を果たす。その後も「愛の渚」「へんな女」「お嫁に行くんだね」などがヒットし、73年まで連続7回、通算10回の紅白出場を記録している。
だが、カムバックから3年を経過したあたりから、再び放蕩三昧の生活に戻ってしまう。残念ながら、10回目の紅白出場以降、水原弘は、表舞台からまたもや姿を消してしまうのだ。前述の弊誌の特集記事の中で、村松さんは「水原弘は、芸能界の中では異彩を放ったものの、その業界で身につけた無頼の枠を、ついに超えることができぬまま壮絶に散った」とくくっている。
70年に、由美かおるとともにアース製薬のエアゾール式殺虫剤「ハイアース」のテレビCMに出演していた。同商品のホーロー看板も、全国津々浦々に設置された。つい最近まで、地方の田舎町あたりに行くと、「ボンカレー」の松山容子の顔と並んで、錆びかけたホーロー看板に写る水原弘が存在していた。
水原弘を思うとき、そこには芸能界の〝光と影〟という言葉が僕の中につきまとう。42歳という若さで鬼籍に入ってしまったが、レコード大賞の歴史とともに、水原弘の名前は日本歌謡史に永遠に刻まれる。水原弘、ちあきなおみをはじめ、中森明菜、薬師丸ひろ子、大竹しのぶ、柴咲コウ、三山ひろし、島津亜矢、井上陽水、さだまさしら「黄昏のビギン」だけを集めた『黄昏のビギン 百花百歌』といった趣のコンピレーション・アルバムを作って聴き比べてみるのも一興かもしれない。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫