「山谷ブルース」でデビューした岡林信康は〝フォークの神様〟と呼ばれ、ロックを歌い、演歌を創れば美空ひばりが歌唱し、今や〝エンヤトット〟と日本のロックを謳う

 ボクはアイビールックを捨て、7:3に分けたヘアスタイルをやめて髪を伸び放題にした。破れたジーパンとヨレヨレのジャンパーを羽織った。岡林がスマートなアイビールックが集まる中でも下駄ばき、雪駄で登場するのを見たからだ。「友よ」、「手紙」、「チューリップのアップリケ」、「くそくらえ節」、「がいこつの歌」等々、矢継ぎ早に過激な楽曲を世に問う。下駄ばきが似合う楽曲ばかりで、その歌詞の内容が過激過ぎて放送禁止になるほどだった。やがてプロテスト・ソング、反戦フォークは大きなムーブメントとなって、遠藤賢司、高田渡、高石友也らとともに岡林は「フォークの神様」と崇められるようになっていく。世間は左翼思想の政治的な歌手とレッテルを張り、レコード会社はそれが〝売り〟になると打算していたのだろう。岡林のステージは労音(左翼政党の音楽鑑賞団体)主催が多かったし、ボクはといえば新宿西口の地下広場に集まる連中に混じって声高らかに、「友よ」を叫ぶ18歳になっていた。

 
 岡林信康は、滋賀県近江八幡市のキリスト教会の牧師の息子だということを知ったのは、ずっと後のことだった。讃美歌を歌い、聖書を熟読し、ミッションスクールに通う岡林信康少年、長じて同志社大学神学部に通うが中退。その岡林が東京の底辺の山谷のドヤ街で暮らすことになる。同じようにミッション系高校生だったボクは日雇い労働者のように白髭橋に通っていた。岡林はその著書でこう語っている。

「学校辞めて、山谷を行ったり来たりして、親のスネかじって、そんな生活が2年ほど続いて、自分の中でもどうなっていくんだろうっていう不安があったからね。一生土方やってるのもキツイなっていうのもあったし、牧師を継ぐって言っておきながら学校もやめてしまったし、親もショックを受けてるし、えらいことになったなぁって。おまけに左翼思考にかぶれた政治少年で、デモにもときどき行ったりして荒んでもいたからね。気づいたらギリギリのところにいたっていう感じ。」(ママ)

 高石音楽事務所に入れば毎月決まった月給が貰えるという話に飛び付いたのも無理はない。ボブ・ディランが反戦フォークの旗手と言われながら、ロックに転向していったように、岡林もプロテスト・ソングが左翼政党の宣伝、応援歌になっていないか?と疑問を持つことになる。3カ月先まで組まれていたスケジュールを、すべてすっぽかして突然蒸発。政治的団体や政党の手先にはならないと断絶した後、弾き語りからロックに取り組もうと、ロックバンド「はっぴいえんど」(細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂)と出会いコンサートを開始。ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」を聴いた衝撃からロックへの転向を決めていたが、岡林は、「俺が追いかけてきたのはディランじゃなくて讃美歌だった」と告白している。しかし相変わらず〝フォークの神様〟の称号に悩み、再び三度音楽活動を中止し、隠遁生活に入る。

 岐阜や京都に居を移しながら、演歌ともいうべき「月の夜汽車」、「風の流れに」を書き、歌謡界の女王・美空ひばりが取り上げた。ひばり母娘との深い縁につながることになる。フォークからロックへ、そして演歌へ。さらに小学2年のとき、キリスト教的な縛りと抑圧の中で、江州音頭の民謡踊りに加わった陶酔感が頭をもたげ、40歳を迎えようとするころから岡林をして日本のロック〝エンヤトット〟のリズムを創出した。

デビュー45周年を迎えた2013年12月、日比谷公会堂で記念コンサートの端席にボクはいた。弾き語り、ロック、エンヤトット・ミュージック等それまでの音楽的歩みの全てを披露し、45年の歌手生活のひとつの区切りとしていた。そして10年ほど前からは、原点に戻って弾き語りツアーを開始、現在各地でライブ活動を行っているという。

 暗い響きの、あの「山谷ブルース」の最後の件(くだり)に〝希望〟があると書いたが、今年79歳になる岡林信康の音楽旅はまだまだ終わらない、エンヤトットと高らかに謳っていることだろう。
文:村澤 次郎 イラスト:山﨑 杉夫
参考文献/『岡林、信康を語る』株式会社ディスクユニオン刊

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