「そうだ、そうだ!」とやっと合点したボクは、いきなりタイムマシーンに乗って高校2年から3年、まさにヴィレッジ・シンガーズが躍り出た1967年~1968年の思い出に耽っていた。フォークやロックが好きな仲間同士で、進学のことなどすっかり忘れて同級生数人がギターの達者な年かさのリーダー(病気による留年)の家に集まってはヒット曲に興じていた。それぞれ付き合っている女子も加わって、総勢10人あまり。ボクは、ヴィレッジ・シンガーズの5枚目のシングル「亜麻色の髪の乙女」(作詞:橋本淳、作曲:すぎやまこういち)が1968年2月に発売されて間もなく、真っ先にシングル盤とコード譜面を手に入れて彼らに薦めた覚えがある。意気揚々と、「この歌はいい歌だ、コードも簡単だ」と、実はギターを覚えたてのボクでもいけると勘違いした。
C→G→(亜麻色の長い髪を)、Am→Em7(風がやさしくつつむ)
F→Fm→C→A→D→D7→G7(乙女は胸に白い花束を)
リーダーは、さっと弾きはじめる。うらやましかったが、ボクの左の指は思うように動かなかったのだ。歯がゆい、恥ずかしい思いをしたことがよみがえった。もしもギターが弾けたなら彼女の前で、加山雄三を気取って弾き語りをすることが夢だったが、実現はおぼつかなかった。あれから60年ホコリを被ったままギターと楽譜の束は押入れに眠っている。
昔のことはさて置いて、青春をよみがえらせてくれた目の前で歌う島谷ひとみの「亜麻色の髪の乙女」を聴きながら、まるでカバー曲ということを忘れさせるほどの歌唱力に圧倒されていた。家人は、「シャンプーのCMソングだったでしょ、CMのモデルにもなっていたのよ」と声をひそめていうが、2002年(平成14)頃のヒットといわれても知る由もなかった。その年の第53回NHK紅白歌合戦に同曲で初出場したのも忘れていたし、以後2005年の紅白まで4回連続出場している実力歌手であることも知らなかった。紐解けば、「亜麻色の髪の乙女」のカバー版はオリコンチャート最高4位に入るヒットとなって、2003年には「バラ色の雲」とカップリングして再録音されて発売(テイチクエンタテイメント)している。
そういえば、演歌系の女性歌手は多く活躍しているように思えるが、残念ながらフォークソング含めてジャズやポップスなど洋楽系の幅広いジャンルを歌いこなせる女性ヴォーカリストが少なくなったといえないだろうか。代表的な森山良子、高橋真梨子、伊東ゆかり、岩崎宏美…現役ではボクのテリトリーの中にこの程度しかいない。一世を風靡した和田アキ子も鳴りを潜めてしまったし、高い歌唱力のあった大橋純子は2023年に鬼籍に入ってしまった。島谷ひとみは、これら実力派歌手に続く歌唱力と存在感がある。
新曲のプロモーションのために簡素なステージに立ってはいるが、島谷ひとみを囲むショッピングセンターの買い物客は彼女の無理のない高音域の歌唱力にうっとりと耳を傾けているようだった。長身でスレンダーなスタイルからルックスも〝アラフォー〟には見えず、堂々たる現役アーチストぶりだ。歳のいった男たちも少なからず立ち見していたが、彼女の〝香気〟と〝色気〟に身じろぎもしない。というボクもじっと立ちすくんでいた。もうちょっとテレビなどの露出が増えて、「亜麻色の髪の乙女」や「バラ色の雲」を歌唱してもらいたいと高齢ファンは密かに願っている。
文:村澤次郎 イラスト:山﨑杉夫