25.05.15 update

「出前一丁」「かに道楽」などのCMソングで知られる〝浪花のモーツァルト〟こと作曲家キダ・タローのレコード・デビューは、落語家立川談志も酔えば歌った昭和歌謡曲 北原謙二「ふるさとのはなしをしよう」


 本年が放送100年の年に当たることから、3月にNHKの放送100年プロジェクトの一環としてリマスター版が放送された昭和38(1963)年の第14回NHK紅白歌合戦を面白く観た。昭和38年と言えば、ぼくは小学校の三年生で、記憶に残っているのは、翌年に東京オリンピックを控えていることから、オープニングで聖火ランナーに扮した渥美清が会場である東京宝塚劇場に現れたこと、出場歌手では初出場の舟木一夫と梓みちよくらいだったが、改めて観てみると、なんともバラエティに富んだ出場歌手の顔ぶれに圧倒された。

 森繁久彌、吉永小百合、倍賞千恵子の映画俳優、まだハツラツとした健康的なイメージの弘田三枝子、西田佐知子、坂本九、ザ・ピーナッツ、植木等。さらにシャンソンの芦野宏、ラテンの坂本スミ子、オペラの立川澄人、ジャズ・シンガーの旗照夫、コマーシャルソングでも人気だった楠トシエ、この年日本人ポピュラー歌手として初となるアメリカ・ニューヨークのカーネギー・ホール公演を果たしたアイ・ジョージ、ドリス・デイの曲など洋楽を歌っていた女性3人コーラスグループのスリー・グレイセス、アメリカ帰りの雪村いづみなど、その存在を知っている人も今や少ないに違いない。

 紅組司会を務めた江利チエミは、63年9月に東京宝塚劇場で日本初のブロードウェイミュージカル公演として上演されたミュージカル『マイ・フェア・レディ』で主役の初代イライザを務めたことから、花売り娘の出で立ちで劇中歌「踊り明かそう」を歌い、初出場の立川澄人が同じく劇中歌の「運が良けりゃ」を歌った対戦も、この年ならではの企画と言えるだろう。

 
 そして11組目、紅組の吉永小百合の「伊豆の踊子」の対戦相手として紹介されたのが北原謙二で、歌ったのは「若い明日」だった。その歌声が流れたとき、ぼくの脳裏に懐かしい顔が浮かんだ。63年、わが家に一人の高校生が下宿生としてやってきた。下宿屋を営んでいたわけではなかったが、当時、学校から依頼され高校や中学の先生が下宿していた。高校生は初めてだった。しかも高校三年での長崎市内の高校からの転校だった。彼の父親は時の総理大臣らとも親交のあった地元のいわゆる名士で、ぼくの父とも知り合いだったのか、息子を預かってほしいと頼んできたのだ。聞くところによると、高校生にあるまじき不届きな行為により、退校となったらしいのだ。不届きな行為といっても、喫茶店通い、喧嘩、飲酒といった程度のことだが(もちろん良い行為ではない)、いわゆる〝不良〟のレッテルを貼られたのだ。

 なんだか映画やテレビなどで観ていた石坂洋次郎原作のドラマのような展開である。彼はアイビー・ファッションで、ギターを弾き、歌もうまく、女の子にも人気があったが、男子からも信頼を寄せられる硬派なところもあった。ぼくの眼には、当時、夢中で観ていた〝若大将〟映画の加山雄三に映った。実際、二枚目で雰囲気も加山雄三を思わせるところがあった。彼は、わが家にすぐ馴染み、家族の一員となった。男兄弟のいないぼくは〝S(名前のイニシャル)兄ちゃん〟と呼び、彼の部屋に入り浸った。

 転校初日の下校時に、当時高校生には禁じられていたらしい喫茶店に立ち寄ったところを教師に見咎められ、なんと、教師の買収にキャバレーでの接待を目論んだり、転校早々ガールフレンドをわが家に連れてきたり、喧嘩ともなると、父が所有していた日本刀を無断で持ち出すなど(もちろん形だけであるが、今振り返るとなんとなく鈴木清順監督の映画『けんかえれじい』を彷彿とさせる)、まあ、やはり〝不良〟だったのかもしれない。だが、〝非行少年〟ではなかった。父にいわせれば、エネルギーが有り余っているだけで、おおらかで、素直な心根の優しい少年だということだった。

 S兄ちゃんは、映画に連れていってくれたり、洋楽のレコードを聴かせてくれたり、喫茶店でアイスクリームをおごってくれたり、若者のファッション誌を見せてくれたり、ギターを弾いて歌ってくれた。よく歌っていたのが、北原謙二の曲だった。時代から言えば、おそらく「若いふたり」だったと思う。S兄ちゃんは、高校卒業後、東京の大学に進学し、その後ニューヨークにわたりカメラマンになった。彼の父親は、どういう風に息子と接してくれたのかと、とても感謝していた。父がどのような思いで彼に接していたかについてはよくわからないが、実の息子のような眼差しで彼を見ていたことはわかる。

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