25.06.26 update

細川たかしのレコード大賞受賞曲のオリジナルとして、事実上の引退から33年を経てなお根強い人気を誇る〝伝説〟と呼ばれる歌姫の圧巻の表現力 ちあきなおみ「矢切の渡し」


 1992年、夫である俳優の郷鍈治(俳優・宍戸錠の実弟)と死別して以降、芸能活動を一切休止し表舞台から姿を消し、事実上の引退状態となっているちあきなおみ。その間、毎年のように各テレビ局、特にBS放送でちあきなおみの特集が組まれ、製作者サイドからも視聴者からも、今一度ちあきなおみの肉声の歌声が聴きたいという声が伝わってくる。「歌伝説・ちあきなおみの世界」「歌伝説 ちあきなおみ・ふたたび」「ちあきなおみ 再び始まる歌姫伝説」「表現者ちあきなおみ ジャンルを超えた魅惑の歌声」「ちあきなおみ デビュー55周年~心を照らす不滅の歌声~」「ちあきなおみ~NHK秘蔵映像で贈るデビュー55周年~」という具合に、ちあきの歌手復帰への期待を込めて数々の特集番組が放送され、活動再開を待望する声も上がったが、その願いもかなわず〝伝説の歌姫〟の幕は今も閉じたままだ。本年5月にもNHKで「ちあきなおみⅡ~NHK秘蔵映像で贈る名曲シリーズ~」が放送され、6月10日放送のNHK「うたコン」でも、放送日がちあきなおみのデビュー日に当たることから「喝采」「夜間飛行」「夜へ急ぐ人」の紅白歌合戦での歌唱シーンがノーカットで放送され、話題となったばかりだ。


 ちあきなおみは69年、21歳のとき「雨に濡れた慕情」(作詞:吉田央、作曲:鈴木淳、編曲:森岡賢一郎)で、日本コロムビアからレコード・デビューを果たした。作詞の吉田央は後に吉田旺として「喝采」「紅とんぼ」「冬隣」などちあきなおみと組んで数々のヒット曲を生み出しており、吉田にとっても「雨に濡れた慕情」は作詞家としてのデビュー作だった。作曲の鈴木淳は、「四つのお願い」「X+Y=LOVE」「無駄な抵抗やめましょう」などちあきの初期のシングル盤の作曲を手がけており、そのほかにも伊東ゆかり「小指の想い出」、小川知子「初恋のひと」、八代亜紀「なみだ恋」の作曲でも知られる。オリコン週間チャートでは23位まで上昇した。

 ちあきはその後、「四つのお願い」や「X+Y=LOVE」などをヒットさせ、いわゆる〝お色気アイドル〟路線として脚光を浴び、70年のNHK紅白歌合戦に初出場を果たし「四つのお願い」を歌唱した。同年の初出場組には和田アキ子、藤圭子、「経験」や「私生活」などの辺見マリ、「男と女のお話」や「世迷い言」(作詞:阿久悠、作曲:中島みゆき)の日吉ミミ、トワ・エ・モワ、ヒデとロザンナ、野村真樹(現・俳優の野村将希)、にしきのあきら(現・錦野旦)、フォーリーブスがいる。


 今回、ちあきなおみを紹介するに当たり、どの曲をとりあげるか大いに迷った。それほど、ちあきなおみならではの表現力で聴かせる歌がたくさんある。

 前出した以外にも、「私という女」(71年、紅白2回目の出場時に歌唱)、「禁じられた恋の島」、そして72年に日本レコード大賞受賞曲となり、ちあきなおみの歌手としての存在を決定的なものとしたご存じ「喝采」。72年の3回目となる紅白出場時には、紅組司会の佐良直美が「本年度日本レコード大賞受賞」と、ちあきなおみをステージに送り出している。現在と違い、レコード大賞が国民的な話題となった時代である。

 その後も〝ドラマチック歌謡〟と謳われた「喝采」路線の「劇場」や「夜間飛行」(73年の紅白4回目の出場時に歌唱)をヒットさせ、さらに「円舞曲」、「かなしみ模様」(74年、紅白5回目の出場時にトリ前で歌唱)、「さだめ川」(75年、紅白6回目の出場時に前年に続きトリ前で歌唱)と続き、76年10月1日に24枚目のシングルとなる石本美由起作詞、船村徹作曲の「酒場川」をリリースし、同年の紅白7回目の出場時に3年続けてのトリ前で歌っている。実は「酒場川」のB面が「矢切りの渡し」だったのだ。今回紹介しているジャケットのイラストはそのときのもので、「矢切り」と記されている。やはり、石本&船村のコンビによる作品である。それまで、ポップス系路線でヒット曲を出していたが、船村徹作品なら歌ってみたいと「さだめ川」で出会った船村徹との2枚目となるシングルだった。「矢切の渡し」について語る前に、もう少しちあきなおみのシングル曲を紹介しておこう。

 77年にはいわゆるニューミュージック系のアーティストからの楽曲提供が続く。77年の中島みゆき作詞・作曲「ルージュ」、友川かずき作詞・作曲「夜へ急ぐ人」、78年の河島英五作詞・作曲「あまぐも」と、歌手・ちあきなおみは、ニューミュージックのクリエイターたちの創作意欲をも刺激した。88年には飛鳥涼がアルバムに「伝わりますか」「イマージュ」を提供している。同アルバムには、ちあき哲也作詞、杉本眞人作曲の「かもめの街」も収録されている。

 「夜へ急ぐ人」は77年の8回目の出場となる紅白で歌唱され、「おいで、おいで」と手招きをするその鬼気迫るパフォーマンスは語り草となり、白組司会者の元NHKアナウンサー山川静夫が「なんとも気持ちの悪い歌ですねぇ」と発言するほど話題を呼んだ。山川アナウンサーは「気味の悪い」と言うつもりだったと、6月10日の「うたコン」にゲスト出演した際に語っている。2023年公開の映画『エゴイスト』では、同性愛者である編集者の主人公を鈴木亮平が演じ、部屋で共に過ごした恋人を見送った後で、クローゼットから取り出した派手なコートをまとい洋服ブラシをマイク代わりにして、ちあきなおみになり切った感じで「夜へ急ぐ人」を歌うが、強烈な印象を残すパフォーマンスだった。鈴木亮平は、毎日映画コンクール男優主演賞をはじめ、数々の賞に輝いている。

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