大阪・関西万博の今、55年前の大阪万博の年に大ヒットした日吉ミミの「男と女のお話」は、なぜかなげやりで悲しげで心の琴線に触れた

 
「男と女のお話」は、作詞:久仁京介、作曲:水島正和。作詞の久仁京介は演歌の第一人者として知る人ぞ知る作詞家協会の重鎮でもある。渥美二郎、石川さゆり、五木ひろし、北島三郎、新沼謙治、福田こうへい、藤あや子、森進一、三山ひろしといった演歌のトップ・スターたちに楽曲を提供しているが、ことに島津亜矢に提供した「独楽」は、2015年第48回日本作詩大賞・大賞受賞楽曲だ。本欄前回に紹介された黒沢明とロス・プリモスの「東京ロマン」(1967年)が作詞家デビューというが、後の「男と女のお話」の大ヒット(オリコンシングルチャート最高6位)は、作詞家としてのいわば出世作といえる。

 1970年5月5日にリリースされたが、前年に「池和子」から「日吉ミミ」と改名して再デビューした第2作が「男と女のお話」(ビクターレコード)だった。ヴィブラートを多用せず抑揚を抑えたストレートな甲高い嬌声、人なつっこい丸顔のぱっちり開いた眼、口をニッと開けて歌っている独特のボーカルスタイルが、いかにも投げやりに聴こえる歌唱とはアンバランスで、世を捨てた淋しげな女の厭世的な嘆き節のようだった。

 当時、業界では〝やさぐれ歌謡〟といい、アングラ・ポップスとも呼ぶ歌謡曲のジャンルがあった。地方からドッと押し寄せてきた若者は、大都市に生きることの理不尽さから厭世観に苛まれていて、歌謡曲の世界も彼らの荒んだ心に寄り添い慰めようとしていた。藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」のヒットは代表例といえる。また、劇団・天井桟敷を主宰していた青森県出身の寺山修司は地方出身者に興味と共感を寄せて、劇中歌として日吉ミミや浅川マキを歌わせたという。日吉ミミのどんな楽曲も淋しげに聞こえる声質が、大都会の片隅に生きる若者たちの心の琴線に触れたのだった。この年の第21回NHK紅白歌合戦に選出されていた江利チエミが出場辞退したため、代替ながら初出場できたほどの大ヒットだった。

 日吉のユニークな声が、演歌ともフォークともどこか違う独自の世界をかもし出していた。「男と女のお話」の大ヒットでスター歌手になった勢いで、ファースト・アルバムには、加藤登紀子の「ひとり寝の子守唄」、岡林信康「山谷ブルース」などのフォークをカバーしているかと思えば、佐良直美の「いいじゃないの幸せならば」や坂本九の「見上げてごらん夜の星を」などもカバー、オリジナルとは異質な日吉ミミだけの世界が聴く者を揺さぶった。

 ただ、その後日吉ミミは忘れ去られていった。シングル数十曲に及ぶリリースもヒットに恵まれず一発屋呼ばわりされながら、沈んでいった。1978年10月発売された「世迷い言(よまいごと)」(作詞:阿久悠、作曲:中島みゆき)まで待たなければならなかったのだ。これはTBSドラマ「ムー一族」の劇中歌で、日吉ミミ自ら出演して歌唱、スマッシュヒットした。ドラマを演出した久世光彦のアイデアで、歌詞に回文「ヨノナカバカナノヨ(世の中馬鹿なのよ)」と織り込んだことも話題を呼んだ。1980年代に入ると、フジテレビで大ヒットしたお笑いバラエティ番組「オレたちひょうきん族」に、山本リンダ、安倍律子と「ごっくん娘」と称してレギュラー出演。他の出演者が皆そうだったように、日吉ミミもすっかりお笑いタレントの〝いじられキャラ〟になってしまったように記憶している。

 テレビの歌謡番組の衰退とともに、いつの間にか大人の歌手としての日吉ミミの存在はふたたび遠くなっていった。厭世的な歌手としての個性が鳴りを潜めていったというより、アイドル歌手競合時代が凌駕したというべきか。芸能界の浮き沈みをそのまま表しているような生き様を思うと一層悲しみ誘うが、55年前、日本が高度経済成長を旗印の下にまっしぐらだった時代に、日吉ミミのクールな歌唱が我らの世代の胸に響いたのは何だったのか。64歳でガンに斃れたのは、2011年8月10日、間もなく没後14年の命日を迎える。かつて編集部の一員になった同僚女性は、仕事に身が入らず数カ月して辞めていったが、彼女のその後の転変の人生も知るべくもない。

文=村澤次郎 イラスト=山﨑杉夫

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