わが昭和歌謡はドーナツ盤

八代亜紀の出身地・八代市の豪雨災害に心を痛め、「雨の慕情」の〝あめあめふれふれ〟のリフレインを聴きながら、亡き演歌の女王を偲ぶ

 毎年年末は歌謡賞の行方と、NHK紅白歌合戦のトリが誰になるかが注目される。1980年の日本レコード大賞では八代亜紀の「雨の慕情」と五木ひろしの「ふたりの夜明け」がツートップで、そこに五輪真弓の「恋人よ」、もんた&ブラザーズの「ダンシング・オールナイト」、都はるみの「大阪しぐれ」が参戦した。

 五木と八代の二人の頭文字をとって「五・八戦争」とマスコミが煽り盛り上げた。ところが八代と五木は「全日本歌謡選手権」で10週勝ち抜きを果たし再デビューし一挙に花が咲いた経緯をもつ。不遇の時代同じクラブで歌っていたこともあり、八代は五木の背中を追うように2年遅れで同じ道をたどった。二人は同じ境遇から立ち上がってきたライバルであり、同志だった。この年は、日本レコード大賞、日本歌謡大賞、紅白歌合戦の大トリと八代が3冠に輝いた。
 前年の「舟歌」も日本レコード大賞有力曲だったが一歩届かず、念願の大賞を手にした八代は、涙で歌えなくなっていた。デビューから10年、受賞後の歌唱では雨が涙に変わった。そうすると会場から大合唱が始まった。八代の大きな目から流れる涙がきれいだった。

 八代は、73年に「なみだ恋」で紅白初出場を果たし、2001年まで23回出場している。なかでも五木とのトリ合戦は、7回に及ぶ。実力者二人の歌いおさめは、紅白歌合戦の名物でもあった。苦節のデビューから10年を経て、八代は押しも押させぬ「演歌の女王」といわれるまでになった。

 八代の輝かしいところばかりが目立つが、たどってきた道は、幸運なことばかりでない。苦労人である。

 親の反対を押し切り、16歳の時に従姉を頼って上京し歌える喫茶店でアルバイトをしているときスカウトされ銀座の高級クラブの専属の歌手になった。毎晩スタンダードジャズやポップス、カンツォーネ、歌謡曲と幅広いジャンルの歌を歌った。そのうち「レコードを出してみないか」と誘われたが、最初はきっぱりと断っていた。その世界にうさん臭さを感じていたからだという。

 けれども、クラブのホステスや熱心に誘うレコード会社の勧めもあって、一か八が挑戦する気になった八代はテイチクレコードから、1971年9月25日「愛は死んでも」でデビューした。ところが70年代初頭は、ポップス全盛の時期でアイドルブームのはしりの時期だ。ブルース演歌は時代遅れで、レコードは少しも売れない。自分のレコードを売るためにトランクにレコードを詰め全国のキャバレー回りをたった一人で始めた。まるで「女寅さん」だ。

 レコード会社から紹介された個人プロダクションが悪質な詐欺師のようなところで、レコードの売上金やお給料まで横領されるという不幸が続いた。クラブ歌手に戻るか、歌手なんてやめてしまおうと過ることもあったが、八代はデビューした歌手が再起を賭けるオーデション番組「全日本歌謡選手権」に出場した。八代が勝ちぬいていく姿をテレビで見ていたテイチクの社員は「自分の会社にこんな歌手がいるんだ」と驚き、10週勝ち抜いた八代の再デビューを作詞・作曲家とも本腰で取り組み、できた曲が「恋街ブルース」(作詞・悠木圭子、作曲・鈴木淳、編曲・小谷充)である。有線で火が付き、一ケ月で10万枚売れるという快挙となった。それがミリオンセラー「なみだ恋」につながる。「なみだ恋」は、有線で聴くトラック運転手に大きな支持を受け、トラック運転手のマドンナと呼ばれた。

 特筆すべきは、八代は全国の女子刑務所でコンサートを行ってきたことだ。受刑者たちが涙をいっぱい貯めながら、真剣に聴こうとしている姿に胸がいっぱいになった。そして最後に、「社会に出たら、八代亜紀のコンサートに訪ねていらっしゃい」と締めくくった。さまざまな境遇の人が八代の歌に励まされてきたのだ。

 
 画家・八代亜紀の個展に足をはこんだことがあった。驚かされたのが、描いた花や猫、自画像は写真で撮ったように緻密で繊細、写実主義の作品だった。趣味の世界をはるかに超え、フランスの「ル・サロン展」には5年連続入賞するほどの腕前だ。絵を始めたのも父親の影響だったという。

 箱根の夏の風物詩となったあじさい電車を描いた作品をミニハンカチにしたものを取材の後、プレゼントにいただいた。母に自慢すべく見せたら、今では母の部屋に額入りで飾ってある。

 八代市の被災者はその後どうされているだろうか。八代亜紀は空の上で、「みんな、頑張って」とエールを送っているに違いない。

 文=黒澤百々子 イラスト=山﨑杉夫 参考『素顔』八代亜紀著





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