その原曲を作詞家の久仁京介が全く違う、ドラマチックな歌詞に仕上げた。久仁は、黒沢明とロス・プリモスの「東京ロマン」で作詞家デビュー、若手演歌歌手として人気の竹島宏をスカウトしデビューさせている。代表曲に日吉ミミの「男と女のお話」、渥美二郎「おまえとしあわせに」などがある。
この曲で印象的なのは、たたみかけるような「雪、雪…」のロングトーンとサビとなる、津軽の7つの雪である。「こな雪、つぶ雪、わた雪、ざらめ雪、みず雪、かた雪、(春待つ)氷雪」は、作家太宰治の小説「津軽」の本扉の一文からヒントを得たものだという。7つの雪は、1941年の「東奥年鑑」と、太宰は出典を明記している。
竜飛岬に雪が舞う寒々とした風景が目に浮かぶ。唯一の希望を抱かせるのは、春を待つ氷雪だが、早口言葉のような雪の連呼がメロディと相性がいい。
作曲の大倉百人(もんど)は、「スター誕生!」の第3回チャンピオンで、男性デュオ「鷲と鷹」としてデビューした。その後作曲家に転身し、「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。」の中原めいこを発掘した。「津軽恋女」のヒットのあとは、モデルスクールを設立したり、フィルムコミッションの設立に携わったり、様々な失敗と成功を繰り返し、現在はアーティストとしてキャンピングカーで全国ツアーを行っているようだ。
編曲の若草恵(わかくさけい)は、歌謡曲からアニメソングまで手掛ける作曲家で代表曲に小泉今日子の「ヤマトナデシコ七変化」などがある。
「スター誕生!」の審査員だった阿久悠は、新沼を「気持ちよく悲しい歌を歌える人」と評価した。「津軽恋女」は阿久悠の作詞ではないが、薄幸の女性の儚い恋が、津軽の雪景色の彼方に消えていくような悲しい曲で、気持ちよく聴くことができるのは、やはり新沼の歌唱力によるものだろう。
2011年の東日本大震災では、故郷の大船渡市も甚大な被害を受けた。さらにチャリティーコンサートで山形県に向かっているとき、最愛の妻をガンで亡くすという不幸が続いた。しかし、新沼自身も粘り強い東北人だ。翌年11月に自身の作詞作曲による「ふるさとは今もかわらず」を、52枚目のシングル「雪の宿」のB面としてリリース。母校の中学生ら44名のコーラス隊とともにレコーディングした。2012年の第55回日本レコード大賞企画賞も受賞している。
確かな歌唱力と、温かい人柄が何といっても新沼謙治の魅力だろう。2026年はデビュー50周年の節目の年、活躍の場が拡がるに違いない。
文=黒澤百々子 イラスト=山﨑杉夫
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