さて、劇中に流れる「俺たちの旅」や「ただお前がいい」の主題歌は、この物語の世界観を表しているようだった。小節の冒頭にある「夢の坂道」「夢の夕陽」「夢の語らい」は、50年前の主人公たちが向き合う状況を表し、時を経て「背中の夢」「浮かぶ小舟」に手を振っているのは、現在の彼らの姿なのだろうか、示唆に富む歌詞である。楽曲「俺たちの旅」は、ドラマと同時期、75年10月10日に日本コロムビアからリリースされた。作詞・作曲は小椋佳である。小椋の紡ぐ歌詞は深い。それは、青春時代哲学にどっぷり浸かり、言葉との格闘をしたという小椋ならではの表現に多くの人が惹きこまれるからだろう。
ご存じの方も多いだろうが、小椋佳は日本勧業銀行(のちの第一勧業銀行、現・みずほ銀行)に入行する前、寺山修司・丹羽進脚本の映画『初恋・地獄篇』の音楽を担当した。それを聴いたポリドール・レコードの新人営業マンだった多賀英典(現・キティ・グループ会長)は、歌っているのは15、6歳の美少年だと思い込みスカウトしようとした。ところが小椋は既に銀行マンで、美少年とはいいがたい。しかも間もなくアメリカに留学することになっていた。残念がる多賀に過去に作った曲を聴かせると、「君はいいから、曲だけちょうだい」ということになった。若くて売れそうな子に歌わせようとしたのだがなかなか見つからず、結局小椋はレコーディングだけしてアメリカに飛び立った。それが映画『初めての愛』に使われ、中村が初めて小椋の音楽に触れたという運命のような巡りあわせがあった。
中村は若き日、1972年に公開された東宝映画『初めての愛』(主演・岡田裕介と映画初出演の島田陽子)に使われていた音楽に心を掴まれた。「少しは私に愛を下さい」「雨だれの唄」「お前が行く朝」「白い浜辺に」「六月の雨」など全編に流れる楽曲は小椋佳が作詞・作曲したものだったのだ。当時「小椋佳」は謎の人物だった。映画の主人公を演じた岡田が小椋佳かと思う人も多かったようだ。
その後、中村は「俺たちの旅」のプロデューサーを通して小椋に主題歌を依頼して出来上がったのが、「俺たちの旅」だ。B面の「ただお前がいい」もA面にするか関係者を悩ませるほど抜群の曲だった。確かにストレートに男の友情があふれている詞が心に沁みる。
主題歌の依頼に、主人公の中村雅俊なる人物も全く気にとめず承諾した小椋だったが、Gパンに下駄ばき姿で現れた中村との初対面は、「汚ったねえ奴だな、もてないだろうなぁ」と思ったとか。「ところが会うたび雅俊さんはどんどんキレイになっていった。歳を重ねてますますキレイになっている」と中村を称賛する。小椋も中村も、低音で優しく包み込むような声質は共通している。哲学的な詞もその声質とメロディで聴くものを心地よくさせてくれる。
放送50周年にあたる2025年秋からは、「俺たちの旅 スペシャルコンサート」が4都市5会場、今年に入り2都市で追加公演が開催され、さらに秋からは、東京、福岡、広島、兵庫での開催が予定されている。チケットは発売と当時に完売で、人気の高さが伺える。
あと10年先と言わないが、5年後の彼らを見てみたい。彼らの物語は続く。まだまだ「俺たちの旅」は終わらない。
文=黒澤百々子 イラスト=山﨑杉夫
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