熱海へのおでかけ

 ~東京から近い温泉地の昭和抒情~

 

古くからの湯治の地で、徳川家康も来湯しているという熱海。
約1500年前、海から熱い湯が湧き出ていたことから名がついたとされる。
街は東洋のモナコとも称され、温泉と風光に恵まれ、冬は暖かく、夏は涼しいので東京方面からの保養地、温泉地として、いわゆる奥座敷とされている。
本文に紹介されている映画『東京物語』での中村伸郎のセリフも頷ける。
昭和 30 年代は新婚旅行のメッカであり、高度経済成長期には団体旅行客が多くなった。
昭和の数々の映画でも、新婚旅行、社員旅行、家族旅行、男女のお忍びの旅行など さまざまな形で熱海が描かれている。
熱海という温泉地には、どこか昭和が香る。

新婚旅行で熱海を訪れたカップル。新郎は丹前姿だが、女性のたしなみであろうか、新婦はきちんと 外出用のスーツ姿。化粧もきっと完璧に違いない。 後ろで手を握り合っているのが、愛らしい。熱海が 新婚旅行のメッカであった昭和30年代の写真。 写真提供:熱海市役所

【昭和28年公開『東京物語』にも登場する熱海旅行】

 

熱海が輝いていた時代があった。東京に近い温泉地のため、社員旅行や新婚旅行、あるいは男女のお忍び旅行の絶好の場になった。

小津安二郎監督の『東京物語』(53年)に熱海が出てくる。尾道から東京に、息子や娘たちを訪ねて来た老夫婦(笠智衆、東山千栄子)が、娘(杉村春子)の発案で熱海に行くことになる。親孝行のつもりだが、老いた両親をもてなすのに疲れたこともあるだろう。

娘の杉村春子はきょうだいに早速、呼びかける。「お父さん、お母さん、熱海にやってあげようと思うの」。そばで夫の中村伸郎が賛成する。「熱海はいいですよ、この暑いのに東京見て歩くよりゃ、温泉へでも入って、ゆっくり昼寝でもしてもらうほうが、お年寄りにはよっぽどいいですよ」。

そこで両親は熱海に行き、旅館に泊まるのだが、ちょうど社員旅行の 団体客が入っていて、酒を飲んで騒ぐ。麻雀をする。窓の外には、流しがやって来て歌う。大変なにぎわいで、老いた両親には合わず、結局、 一泊しただけで東京に戻ってしまう。

この時代、熱海が人気の行楽地に なっていたことが分かる。朝、旅館 で掃除をしている仲居たちが「ゆうべの新婚どお?

「がら悪かったわね」 と噂しているのも面白い。新婚旅行でもにぎわっていた。

(続きはVol.34をご覧ください)

かわもと さぶろう
評論家(映画・文学・都市)。1944年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日ジャー ナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。『大正幻影』 (サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎 日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5冊)『映画を見ればわかること』 『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作家たち』『銀幕の銀座 懐かし の風景とスターたち』『小説を、映画を鉄道が走る』(交通図書賞)『白秋望景』(伊藤整文学賞) 『いまむかし東京下町歩き』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『サスペンス映画ここにあ り』『日本すみずみ紀行』『東京抒情』『ひとり居の記』『物語の向こうに時代が見える』『「男はつ らいよ」を旅する』『老いの荷風』など多数の著書がある。


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