サラメシはアルマイト製の弁当箱にこだわりたい、懐かしい昭和のデカ弁

アルミニウム製に代わるアルマイトの弁当箱

こちらの弁当箱は角型で、蓋には野球のピッチャーが描かれている男の子用である。野球と相撲は戦後の男の子たちにとって一番人気のスポーツである。アルミの弁当箱だと梅干の酸に負けて穴があいてしまうため、昭和4年(1929)にアルミを強化したアルマイトが作られた。写真の弁当箱は昭和30年代手前のものと思われる。写真提供:金沢くらしの博物館

 最近、映画になった高井有一の長編小説『この国の空』(新潮社、83年)は、戦争末期の東京を舞台にしている。
 妻子を田舎に疎開させた銀行員が、アルミの弁当箱を開くくだりがある。この時代だから、御飯に梅干が入っているだけのいわゆる日の丸弁当。  


 
 

 隣家の若い女性が、弁当を食べている銀行員を見て「アルミは献納しませんでしたの」と聞く。戦時中、金属製品は国に差し出さなければならなかったことを言っている。銀行員は「いや、献納するつもりだったんですがね。昔から日の丸弁当ばかり食べていたものだから、これ、この通り」と、弁当箱の蓋を取り上げて見せる。
「真中に梅干の酸のために腐食したらしい穴があいていた」
 アルミの弁当箱は酸に弱かった。そのために日の丸弁当ばかり続くと、梅干の酸のために蓋に穴があいてしまう。アルミの欠点だった。

 穴があいた弁当箱はどこかユーモラスでもある。銀行員と隣の若い女性は、こんな会話をしながら笑い合う。
 穴があいてしまうアルミの弁当箱。 

 その欠陥をなくすために開発されたのがアルマイト。アルミニウムの表面に膜を作り、腐食されにくくした。大正末期に理化学研究所で開発された。
 昭和十年頃に、商品化され、アルマイト(和製英語)と名づけられた。主として台所用品に利用された。
 谷崎潤一郎の『細雪』には、芦屋に住む蒔岡幸子が、隣家のドイツ人の台所に、アルマイトの湯沸しやフライパンがきれいに並べられているのを見て、羨ましく思うくだりがある。
 昭和十三年(1938)頃のこと。アルマイトが新製品として徐々に普及していっている。

子供に人気の花柄の弁当箱

 アルマイトの商品でいちばん普及したのは弁当箱ではないか。弁当箱の代名詞になった。
 アルマイトの弁当箱が欲しくて欲しくてたまらなかった女の子がいる。
 壺井栄原作、木下惠介監督の『二十四の瞳』(54年)に登場する十二人の生徒のうち、家が貧しいため、六年生の時に学校を辞めて働きに出ることになる川本松江という子供。
 この子は、粗末な竹で編んだ弁当箱を持って学校に行く。もうボロになっている。
 生徒のなかには、アルマイトの弁当箱を買ってもらった子供も多くなっているのだろう、松江も欲しくて仕方がないが、なかなか買ってもらえない。松江の母親は赤ん坊を産んだあと「産後の肥立ち」が悪く、死んでしまう。

 家はますます貧しくなってゆく。アルマイトの弁当箱どころではない。
 こんな松江を不憫に思った大石先生(高峰秀子)は、松江の家を訪れ、彼女が欲しがっていた百合の花が蓋に描かれたアルマイトの弁当箱を渡す。
 カメラは、その楕円形の弁当箱を大きく映し出す。日中戦争が始まった昭和十二年(1937)頃のこと。蓋に花鳥の絵柄のある丸いアルマイトの弁当箱は、当時、子供たちのあいだで大人気になっていた。

北海道立岩見沢東高等学校第45期卒業生のページ「GANTO45th」に紹介されている、昭和46年当時の〝ハヤベン〟のスナップ。育ち盛りでやたらと腹が減る高校生たちは、先生の目を盗んで昼休み前に弁当を食べてしまう生徒も多く、昼は売店でパンなどを買ったものだった。〝ハヤベン〟もまた懐かしい青春の一コマである。 写真提供:齊藤豊さん


『この国の空』で、銀行員が穴のあいたアルミニウムの弁当箱を使っているのは、おそらく穴のあかないアルマイトの弁当箱のほうは献納してしまい、仕方なく、以前持っていたアルミニウムの弁当箱を使っていたのだろう。
 昭和十年代の東京を舞台にした向田邦子のドラマ『あ・うん』には、アルマイトの弁当箱を開発した者の工場は、景気がいい、というセリフが出てくる。田舎の小学校の子供まで欲しがるのだから、急速に普及していっている。竹の弁当箱に比べ、花柄のアルマイトの弁当箱は、いまふうに言えば「おしゃれ」だった。
 現在の子供たちがどんな弁当箱を持っているのか分からないが、戦後も長くアルマイトの弁当箱は使われていた。
 エッセイストの平松洋子さんは食のエッセイ『ひさしぶり海苔弁』(文藝春秋、13年)で書いている。
「昭和三十年代の終わりから四十年の初めにかけて、父はアルマイトの四角い弁当箱を持参していた」
 弁当を作る時、母親が、梅干を御飯のなかに埋めるように入れながら「ふたが溶けちゃって、丸い穴が開くんだからねえ」と言っているのが面白い。
 アルミニウム時代の日の丸弁当の記憶があるのだろう。

かわもと さぶろう
評論家(映画・文学・都市)。1944 年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5 冊)『映画を見ればわかること』『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作家たち』『銀幕の銀座 懐かしの風景とスターたち』『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)『君のいない食卓』『白秋望景』(伊藤整文学賞)『いまむかし東京下町歩き』『美女ありき―懐かしの外国映画女優讃』『映画は呼んでいる』『ギャバンの帽子、アルヌールのコート:懐かしのヨーロッパ映画』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『サスペンス映画ここにあり』など多数の著書がある。

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