昭和の「泣ける映画」は駅の別れのシーンと発車のベルが鳴っている

弟の汽車を追ってホームを走る姉の涙

 駅の別れは大人たちにとってもつらいのだから、子供にとってはなおのことだろう。
 水木洋子脚本、今井正監督の『キクとイサム』(59年)は、混血児のキクとイサムの姉弟と、ふたりを育てる心やさしい祖母の物語。
 終戦後の日本社会で、進駐してきたアメリカのGIと日本の女性とのあいだに生まれた混血児の存在は大きな問題になっていた。
 キク(高橋恵美子)と弟のイサム(奥の山ジョージ)は会津の山里で祖母(北林谷栄)に育てられている。農家の暮しは決して楽ではないが、祖母は二人に優しい。
 しかし、これから先のことを考えると、混血児は日本よりアメリカにいるほうがいいかもしれない。祖母は、考えた末にイサムをアメリカに養子に出すことにする。
 駅の別れになる。田舎の小さな駅に汽車が入ってくる(会津の駅という設定だが、撮影は、埼玉県の八高(はちこう)線の寄居(よりい)駅でされている)。
 イサムが列車に乗り込む。本当はアメリカに行きたくない。それでも祖母が考えたことだから仕方がない。キクも弟とは別れたくない。
 汽車が走り出す。それまで静かに見送っていたキクが突然、汽車を、弟を追ってホームを走り出す。去ってゆく汽車を必死で追う。
 ホームの先まで来て、汽車を見送るキクの目から涙がこぼれ落ちる。
 いつ見ても、この場面は涙を禁じ得ない。

1950年代から60年代の中頃にかけて、地方の農村から中学を卒業したばかりの子供たちが、高度経済成長を支える若い労働者として、大都市へ向かった。昭和39年には彼らをさす「金の卵」という言葉も流行った。臨時に仕立てられた集団就職列車(昭和30年頃から)も運行し、東北・上信越から夜行で終着駅の上野に降り立った。写真提供:及川寿郎氏


家族と別れ列車に乗る子供たちの不安な旅立ち


 昭和三十年代の高度経済成長期、地方の中学校を卒業した少年や少女たちが、若い労働力として東京に出た。集団就職と呼ばれ、まだ十代なかばの子供たちが、特別仕立ての列車で故郷を離れた。
 集団就職で秋田県の農村から東京に働きに出た子供たちの行く末を描いた小杉健治のミステリー『土俵を走る殺意』には、昭和三十七年、八幡平(はちまんたい)の麓の町から、中学校を卒業した子供たちが、東京への列車に乗る様子が描かれている。
 ホームいっぱいに別れの言葉が行き交う。やがて発車のベルが鳴る。列車は上野へ向かって走り出す。八幡平の山が見えなくなると車内のあちこちから少女たちのすすり泣きが聞えてくる。やがて「(その)すすり泣きが号泣に変った」。
 まだ小さな子供たちが家族と別れ、見知らぬ大都会に出てゆく。涙が出ても無理はない。
 山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズ第七作「奮闘篇」(71年)には、冒頭、渥美清の寅が新潟県の小さな駅で、集団就職の子供たちを見送る場面がある。只見線の越後広瀬駅で撮影されている。寅が、自分もその列車に乗る予定なのに、見送りに熱心になってしまい、乗り損うのが笑わせる。


 小津安二郎監督は鉄道好きだった。ラストシーンにはよく走り去る鉄道を登場させた。
 戦前の『父ありき』(42 年)をはじめとして『お茶漬の味』(52年)、『東京物語』(53年)、『東京暮色』(57年)、『彼岸花』(58年)、『浮草』(59年)と数多い。
 汽車が去ってゆくところで物語を終らせる。そこに無常観がにじみ出る。
『東京物語』の最後、原節子演じる戦争未亡人は、尾道で行なわれた亡夫の母親の葬儀に出席したあと、一人、尾道から東京へと汽車で帰ってゆく。物語の終りと人の生の終りが重なり合い、深い余韻を残す。

写真提供:及川寿郎氏

かわもと さぶろう
評論家(映画・文学・都市)。1944 年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5冊)『映画を見ればわかること』『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作家たち』『銀幕の銀座 懐かしの風景とスターたち』『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)『君のいない食卓』『白秋望景』(伊藤整文学賞)『いまむかし東京下町歩き』『美女ありき―懐かしの外国映画女優讃』『映画は呼んでいる』『ギャバンの帽子、アルヌールのコート:懐かしのヨーロッパ映画』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『サスペンス映画ここにあり』『東京抒情』『ひとり居の記』など多数の著書がある。

2016年1月1日 Vol.26より

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