24.05.10 update

<特集>帰ってきた日本文化の粋 ─ 今、時代劇が熱い!

 時代小説の大家・池波正太郎の三大シリーズの一作品に数えられ、〝時代劇の金字塔〟として長きにわたり愛され読まれ続けている『鬼平犯科帳』。たびたび映像化されてきたが、初代松本白鸚が鬼平こと〝初代〟長谷川平蔵役をつとめ、その後、丹波哲郎、萬屋錦之介、そして二代目中村吉右衛門へと受け継がれてきた。そして、池波正太郎生誕100年記念作品として、初代松本白鸚を祖父、二代目中村吉右衛門を叔父に持つ、十代目松本幸四郎を〝五代目〟長谷川平蔵役に迎え、SEASON1として、テレビスペシャル1作品+劇場映画1作品+連続シリーズ2作品の計4作品が制作された。

 2024年1月8日に、記念すべき第一弾となるテレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」が時代劇専門チャンネルでテレビ初放送された。そして、第二弾として劇場版「鬼平犯科帳 血闘」が5月10日に公開される。物語は、長谷川平蔵が〝本所の銕〟と呼ばれる放蕩無頼の暮らしをしていた若かりし頃に世話になった居酒屋の娘・おまさとの再会、おまさが密偵になるまでを中心に描かれている。中村吉右衛門主演「鬼平犯科帳」で、梶芽衣子が演じた役で、今回は中村ゆりが演じている。おまさにとって、若き日の平蔵(長谷川銕三郎)は、いわば初恋の相手。長谷川銕三郎役は、松本幸四郎の長男・市川染五郎がつとめる。

 脚本を手がけた大森寿美男は、おまさを「平蔵が武士の身分を捨てて無頼として生きていたら、おまさの運命はどうなっていただろう。そんなことを想像させる登場人物」だと言う。「血闘」は、密偵おまさの描き方が一番のポイントだろう。おまさの若い頃からが丁寧に描かれ、その純粋さと強さがスクリーンから伝わってくる。

 松本幸四郎は、自分があの鬼平になれるのかと、自問自答の日々が続いたが、長谷川平蔵を愛していることでは誰にも負けないという覚悟で、自分が長谷川平蔵だと念じるように、衣装・扮装を自分に染み込ませてカメラの前に立ったと言う。撮影では、叔父吉右衛門が使っていた煙草入れが使われている。また、幸四郎用に刀は一新したが、吉右衛門が使っていた刀の鍔はいいもので、これを使わない手はないと使わせてもらった、と〝吉右衛門の鬼平〟へのリスペクトが伝わる。

 池波正太郎は、自らを小説を書く〝職人〟と称したが、池波の世界を、現代最高峰の職人たちが映像化する。時代劇の〝聖地〟京都。かつて28年にわたり「鬼平犯科帳」を手がけた松竹撮影所がある。メイキング映像では、その職人たちの仕事にも光を当てる。 

 京都を代表する撮影監督・江原祥二は、助手の頃から吉右衛門の「鬼平」に携わった。「鬼平の世界観の中でそれぞれの出演者たちが躍動できるような画を意識した」と言う江原のカメラも躍動する。時代劇を知り尽くした江原だからこそ、今まで時代劇にはなかったアングルを生み出していく。

 江原とのコンビで数々の賞を受賞している照明技師の杉本崇は、「血闘」でもタッグを組む。「日の光、障子のフレア、ろうそく、月光、四季……照明は光で画を描く仕事」だと言う杉本は、東映京都撮影所で育ち、ソフトライティングを学び、やわらかな光を繊細に重ね合わせていき、光と影を自在に操り彩る。「時代劇は今の時代に添いながら自由に表現できたり、遊べるところもある」とも。

 日本映画美術の巨匠・西岡善信に師事し、その技を間近で見てきた美術の倉田智子。「新生・鬼平と言われたときに、中村吉右衛門さん主演「鬼平犯科帳 THE FINAL」のときにはあまり考えなかった時代設定というか、時代背景を考え直してセットをもう一回作り直さないといけないと思った」と、師匠が手がけた軍鶏鍋屋「五鉄」のセットの中の座敷をリニューアルした。これまで別のセットで行われていた内部の撮影を、今回はそのままセットの中で撮影できるように座敷を改装した。外の背景と一体となって撮影することで、セットによりリアリティが加味されている。

 ちなみに軍鶏鍋も実際に現場で作られている。料理監修をつとめたのは和食料理人・野﨑洋光。映画「仕掛人・藤枝梅安㊀㊁」(2023年)でも、料理監修をつとめた。「池波さんの小説の料理の特徴は、軍鶏や沙魚(はぜ)といった深川的な要素です。江戸だから、どうしても東京にこだわらなければいけないと思いました」と、「東京しゃも」という東京で育てた軍鶏を使い、池波が愛した江戸の味を再現した。だからこそ、「これはうまい、絶品だ」というセリフにもリアリティが増す。

 その「五鉄」の主人・三次郎を演じるのは、テレビにはめったに出ない芸人として知られる松元ヒロ。「何が嬉しいって、ちょっと何かあると、監督さんはじめ、メイクさん、床山さんといったスタッフの方々がすぐ駆け寄ってくれて、映画、時代劇というのは本当に総合芸術なんだなっていうことに感動しました」と相好をくずしていた。三次郎の女房・おたねを演じるのは、バレエのソリストとして海外でも活躍していた中島多羅で、本作が時代劇初出演となる。「プロフェッショナルの集まりで、それぞれの仕事をみなさんが誇りを持ってまっとうされているのを間近で見させてもらうのは、私にとってもすごく刺激になりました」と、鬼平世界の住人になっていた。

 さらに、中村吉右衛門主演「鬼平犯科帳」にも2度ほど出演し、今回、ひとりばたらきの老盗・鷺原の九平役でメイン・ゲストの一人として出演している柄本明が「京都の撮影所で鬼平の時代劇が復活したということが大変嬉しく、そこに自分も呼んでいただいて大変に大変に嬉しい」と役者冥利を語れば、同じくメイン・ゲストである鬼平の上司・京極備前守高久役の中井貴一は「池波さんの小説に出てくる登場人物というのは、とにかく〝粋〟ということがすべてで、〝粋〟というものが物語を進めていっていると思います。日本人のDNAみたいなものがこの作品の中に刻み込まれているので、時代劇と言えば池波正太郎作品ということも、日本人のDNAの中に刻み込まれているのかなという気がします」と、池波作品の本質にまで言及している。

 最後に、主演の松本幸四郎の言葉をご紹介しておこう。「世界一の職人が集まる現場で、長谷川平蔵を集中してつとめさせていただきました。これだけ豪快にかつ繊細に作り上げることのできるスタッフは、他にはいないと思っています。最高最強の職人の集まりの中でお芝居ができたというのは、本当にありがたいと思いますし、これは永遠にやっていただきたい。そこに自分も入りたいという思いでいっぱいです」の言葉からは、時代劇にかけるプロフェッショナルの作り手たちの良心と〝時代劇愛〟こそが、時代劇の〝灯〟を支えていることを、思い知らされる。

 そして、劇場版「鬼平犯科帳 血闘」完成披露上映会での舞台挨拶では、「私にとっての鬼平とは?」との質問に「天命」だと答え、「鬼平犯科帳」は、いつの時代にも映像作品として存在する天命を背負った作品で、長谷川平蔵という役を演じることが自身にとっても天命だと思いしっかりとつとめたと言い、「傑作を傑作とするべく傑作を創り上げました」と、作品への自信のほどを語った。

劇場版「鬼平犯科帳 血闘」
2024年5月10日(金)全国ロードショー

原作:池波正太郎『鬼平犯科帳』(文春文庫刊)
監督:山下智彦
脚本:大森寿美男
音楽:吉俣良
出演:松本幸四郎
   市川染五郎 仙道敦子 中村ゆり 火野正平
   本宮泰風 浅利陽介 山田純大 久保田悠来 柄本時生/松元ヒロ 中島多羅
   志田未来 松本穂香 北村有起哉
   中井貴一 柄本明
(C)「鬼平犯科帳 血闘」時代劇パートナーズ

次ページへ続く

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