25.03.10 update

【特集:成瀬巳喜男監督生誕120年】溝口健二、小津安二郎、黒澤明と共に「日本映画四大監督」と称される成瀬巳喜男映画を楽しむ4つの視点 前編

▲映画監督・成瀬巳喜男(1905-1969)


文=平能哲也


コモレバWEBにて「東宝映画スタア✩パレード」を連載中の高田雅彦氏の著書『成城映画散歩』(白桃書房)に、次のような記述がある。
著者の承諾の上引用する。第3章の「成瀬巳喜男と成城」の項だ。
「~そして、黒澤がご近所の青柳信雄監督のお宅で飲み、酔っぱらった時に必ずと言っていいほど語っていた言葉が、『成瀬さんにはかなわない』という賛辞(青柳監督のお孫さん・青柳恵介氏の回想による)。この逸話からも、いかに黒澤が成瀬を尊敬していたかがよく伝わってくる。」
今年2025(令和7)年は、成瀬巳喜男監督(1905-1969)の生誕120年に当たる。
生涯に89本(現存は69本)の作品を残した日本映画の名監督の一人である。
同じ松竹蒲田出身の二歳年上の小津安二郎監督(1903-1963)とは生涯の友人であり、ライバルであった。
同じ映画会社(P.C.L.~東宝)の後輩である黒澤明監督(1910-1998)、溝口健二監督(1898-1956)と合わせて、日本映画の四大監督と称せられることが多い。
四人の監督の中で一般的に最も知名度の低いのが成瀬監督だったが、ここ数年、松竹蒲田から移籍したP.C.L.時代の30年代の作品をはじめ、これまで未ソフト化だった多くの東宝(新東宝、宝塚映画含む)作品が廉価でDVD化され、また一部の作品はサブスクネット配信でも観られる。さらに今後、名画座等での特集上映も予定されている。
鑑賞の機会が増えるにつれて、若い世代など新たな成瀬映画ファンは増えつつある。
成瀬映画は同じ作品を何度観ても面白く、そして新たな発見がある、という成瀬映画ファン・研究歴35年を誇る平能哲也氏が、改めて成瀬映画の魅力とは何かを紐解く。
数多い要素の中から、4つの視点に着目し前・後編の2回にわたって成瀬映画の真髄に迫ってみる。



 35年前、筆者が最初に観た成瀬巳喜男監督の映画は『めし』(51)だが、当時黒澤明、溝口健二、小津安二郎監督たちの映画もすでに観ていた筆者は、成瀬映画の特徴が何だかよくわからなかった。実にオーソドックスな映画、少し悪く言えば、特徴のない平凡な日本映画だなというのが第一印象だった。
 その後、未見の成瀬映画を名画座(特に銀座並木座での特集)で1本ずつ観ていき、関連の書籍などの記述も参考にしていくと、実は成瀬映画術=成瀬監督の演出術が実に多彩で、深く、斬新な映画表現をしていることに気づき始めた。

▲1998年に銀座・並木座で開催された上映企画「名匠 成瀬巳喜男の世界」。『放浪記』『杏っ子』『山の音』『浮雲』『流れる』『驟雨』『おかあさん』など14作品が上映された。(筆者所蔵)
 


 成瀬映画術で最も有名な演出術は「目線送り」だ。
 人物の目線、視線による心理表現はどの映画でも重要な要素だが、成瀬演出はそれに人物のアクション=動作をからめる。
 たとえば、『乱れる』(64)。深夜、帰宅した加山雄三はちゃぶ台の前に座りビールを飲みながら食事をしている。亡くなった兄の妻(義姉)である高峰秀子との会話シーン。加山は座ったままだが、相手役の高峰は立って部屋の奥に行く、また移動し加山(義弟)の横に座る。部屋を移動する高峰のアクション(動作)の初めだけをカメラは映し、加山の目線のショットに切り替わる。高峰の途中のアクションは映さない。加山の目線が左上から右上に移動するショットの後、加山の目線の方向にいる高峰の姿のショット。省略の美学ともいえる「目線送り」だが、これを成瀬監督は多用する。「目線送り」は映像作品だけに可能な撮影、編集手法だろう。

▲1960年公開の『女が階段を上る時』の宣伝用の写真ハガキ。この作品では、高峰秀子が衣裳も担当しており、ハガキの文面からも高峰のこの映画にかける意欲が伝わる。高峰が美しく、60年度のブルーリボン賞ベスト・テン2位に選ばれた。(筆者所蔵)



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