川喜多長政 &かしこ映画の青春

1980年に映画『影武者』を携えてカンヌ入りをした黒澤明監督、主演の仲代達矢と川喜多夫妻。『影武者』は見事グランプリを獲得した。

国際人であることの
真の意味を教えてくれた
川喜多夫妻

 川喜多長政氏は、そうした美しく先端的な文化活動家である夫人の経済的なスポンサーというふうに見られていた傾向があるが、いちど外国の映画祭で二人きりになる機会があり、そのときしみじみと戦争中の中国での仕事の経験をお聞きして考えが変った。

 川喜多長政の父親は日本陸軍の将校で、清朝中国の士官学校で教官をしていた。そしてなぜか日本の憲兵に暗殺されている。中国軍の強化に熱心でありすぎたらしい。日中提携で西洋に対抗するという大アジア主義者だったらしい。その父の志を継ぎたいと長政氏は北京大学に留学している。のちに日中戦争で中国映画の撮影所が集中している上海を占領した日本軍は長政氏に中国映画界の管理を依頼した。長政氏はこれを引き受けた。すでに日本が植民地化していた満州では満映という国策会社が盛んに日本のためのプロパガンダ映画を作っていた。しかし中国通の長政氏には上海でそんなことをしたら、参加した中国映画人がテロでやられると分っていた。だから抗日的なテーマ以外なら何を作ってもいいという方針を貫いた。だから日本軍の占領下の上海で作られた中国映画は毒にも薬にもならない娯楽作品ばかりと言われたが、しかしそれで戦後、上海の中国映画人は漢奸(中国への裏切者)として裁かれずにすんだ。そのことを自分は生涯の誇りにしている。でも、そんなことは誰も賞めてはくれないことだ……と。

 私はこの打ち明け話に感動した。のちにマレーシアの華僑の学者から、少年時代に日本占領下のマレーで見ていちばん楽しかった上海の映画で『千紫万紅』という作品があったと聞き、北京の国家電影資料館を訪ねてこの作品を見せてもらった。たしかにそれは真実からは遙かに遠いハリウッド・ミュージカル調の娯楽作品だったが、娯楽としては上出来で、戦争中でも一刻、中国人や東南アジアの華僑たちは楽しい夢にひたることができたに違いないと納得した。

 敗戦後、上海から引き揚げ船に乗った長政氏が、一緒に帰れるはずだった山口淑子さんが、中国を裏切った中国人李香蘭として裁判にかけられることになったと知ると、ひとり敢然と引き揚げ船を下りて、彼女が日本人だと証明されて釈放されるまで上海に残った。なにかもう、ほんとうに男らしい。

 私はお二人から、国際人であることを学んだ。それは決して華やかに浮れさわぐことではない。どの国の人たちとも偏見なく誠実につきあい、できるだけ親切に気くばりをするということに尽きる。

1979年、岩波ホールにて来日中のフランソワ・トリュフォー監督と、岩波ホール総支配人の高野悦子氏と。かしこ夫人は高野悦子氏とともに、「埋もれた名作を世に出す組織」として74年にエキプ・ド・シネマを設立した。
1983年、カンヌ映画祭で『戦場のメリークリスマス』の坂本龍一とかしこ夫人。この年グランプリに輝いたのは今村昌平監督『楢山節考』だった。
1989年、第一回高松宮殿下記念世界文化賞を受賞した『天井桟敷の人々』『悪魔が夜来る』『嘆きのテレーズ』のマルセル・カルネ監督と明治記念館にて。
1991年、『暗殺のオペラ』『ラストタンゴ・イン・パリ」『1900年』『ラストエンペラー』などで知られるベルナルド・ベルトリッチ監督と淀川長治氏と一緒に。

さとう ただお
映画評論家、教育評論家。1930 年新潟市生まれ。新潟在住のまま「映画評論」の読者投稿欄に映画評の投稿を続け、56 年刊行の初の著書『日本の映画』でキネマ旬報賞を受賞。その後、上京して「映画評論」「思想の科学」の編集に携わりながら評論活動を行う。73 年からは妻の久子と共同で個人雑誌「映画史研究」を編集・発行。96年から2011 年まで日本映画学校校長を務め、現在は日本映画大学学長。96 年に紫綬褒章受章をはじめ、勲四等旭日小綬章、芸術選奨文部大臣賞、韓国王冠文化勲章、レジオンドヌール勲章シュヴァリエ、ベトナム友情のメダルなどを受け、第7 回川喜多賞を妻久子とともに受賞。多くの著作があるが、最近の著書には『伝説の名優たち その演技の力』『教育者・今村昌平』『忠臣蔵―意地の系譜』『独学でよかった』『喜劇映画論 チャップリンから北野武まで』『映画で日本を考える』などがある。

鎌倉市川喜多映画記念館

川喜多長政、かしこ夫妻の旧宅跡に、鎌倉市における映画文化の発展を期して2010 年に開館した。記念館では映画資料の展示、映画上映をはじめ、映画人を招いての講演会なども開催されている。川喜多夫妻の紹介も常設展示されているので、鎌倉散策の折にはお訪ねすることをおすすめする。記念館を訪れるには、JR鎌倉駅、江ノ電鎌倉駅から小町通りを八幡宮に向かい徒歩8 分程度ということで、JR横須賀線という手もあるが、小田急江ノ島線で藤沢まで行き、そこから江ノ電に乗り換えると江ノ電の始発駅から執着駅までをフルに楽しむことができ、鎌倉の小さな旅の風情を味わうことができる。

〔住〕鎌倉市雪ノ下2-2-12
〔問〕0467-23-2500
〔開館時間〕9:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
〔休館〕毎月曜(祝日の場合は開館、翌平日休館)、年末年始、展示替期間、特別整理期間など
〔観覧料〕通常展200 円、特別展300 円
〔映画鑑賞券〕通常上映1,000円、特別上映1,500円

2015年7月1日 Vol.24より

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