下北沢が〝演劇の町〟〝小劇場演劇の聖地〟と呼ばれるようになったのには、本多劇場の存在が大きく影響している。1982年11月3日の 〝文化の日〟に開場し、唐十郎の『秘密の花園』で幕を開けた本多劇場。野田秀樹主宰の夢の遊眠社、鴻上尚史主宰の第三舞台、松尾スズキ主宰大人計画、ケラリーノ・サンドロ ヴィッチ率いるナイロン100℃など、数々の小劇場界の劇団がこの劇場で公演を打っている。現在、下北沢には本多劇場以外に、ザ・スズナリ、駅前劇場、OFF・OFFシアター「劇」小劇場、小劇場「楽園」、シアター711、小劇場B1と本多劇場グループの8つの劇場があり、すべてを合わせると客席数は1000を超える。

藤田さんが上京して東京藝術大学入学時に住んだ町は京王井の頭線の池ノ上だった。下北沢の隣駅である。「2001年から池ノ上に2年間ほど住んでいたので、下北沢は東京で初めて親しんだ町ですね。本多劇場へもよく通いました。ケラさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)や、 松尾スズキさんの舞台を夢中になって何度も観ていました。いつか、この劇場で演出してみたいと思っているんですが、なかなか実現しなくて」 と、本多劇場は、藤田さんにとって憧れの劇場である。

劇場を案内してくださったスタッフの方によると、下北沢の劇場に芝居を観に来る人たちは本当に芝居の好きな人で、人気俳優目当てというより純粋に作品を観に来ているということだ。そして、渋谷や新宿のような大きな街でなく、この小さな町を地方からも訪れる人が多いのは、 下北沢が劇場のある町だというのが大きな要因ではないかと。だから下北沢は〝演劇の町〟としても多くの人々に語られるのである。

そして客も出演者をはじめとする演劇関係者たちも、芝居がはねると芝居熱が冷めやらぬまま、劇場から居酒屋やバーなどへと向かう。芝居の後は、真っ直ぐ家路に向かう気にはなれない、劇場での時間を共有した誰かと、芝居の話がしたくなるのだ。劇場の周囲に適当な店がない土地柄だと困ってしまう。その点でも、下北沢には劇場の周辺に店が多く、町のそういった特性も、〝演劇の町〟 としての活性化に一役買っている。 たまたま入った居酒屋で、今観てきたばかりの芝居の俳優たちに遭遇する機会も多く、これはほかの町ではなかなか見られない下北沢ならではのスケッチかもしれない。
下北沢 本多劇場
〔住〕世田谷区北沢2-10-15 〔 問〕03-3468-0030
公式HP:http://www.honda-geki.com/