東宝映画スタアパレード

第19回『東宝映画スタア☆パレード』三國連太郎 ひたすらオカマ・キャラに執着した東宝時代

『戦国無頼』で東宝に移る際には「道義をわきまえないアプレゲール」、「義理人情を欠く役者」と非難された三國。その後、久松静児『警察日記』や市川崑『ビルマの竪琴』など映画史に残る作品で評価を得た日活からも、56年の契約切れをもってフリーに転向。その行動様式は誠に一貫したものがある。

 
 このときはにわかに話題を呼んでいた〝太陽族〟映画に反発したものか、三國は『キネマ旬報』誌上で「演技者を自認する私は、『太陽族映画』に出演するよりも良心的な優秀映画を選ぶ」と発言。59年には、他社出演を認めさせたうえで東映と専属契約を交わすなど、そのあくなき向上心・上昇志向(?)はまったくぶれていない(※4)。


 結果として独立プロ作品も含め、日本映画界の多くの名匠・巨匠から重用された三國(※5)。これは〝善魔〟では決して成し得ず、〝エゴイスト〟ならではの結果と言ってよいが、黒澤作品とはついに縁がないまま俳優人生を終えている。


 稲垣浩『宮本武蔵』(54)で本位田又八に扮したのが最後の東宝作品となった三國(※6)。
 東宝時代の作品に見られる極めて大きな特徴が、〝オカマ(のちに言うシスターボーイ)〟っぽい演技だったことは知る人ぞ知る話。結果として、これが黒澤映画への出演を阻んだ要因となるのだが、その先駆けとなったのが53年1月公開の『吹けよ春風』だった。
 これは黒澤明が脚本を担当し、その盟友・谷口千吉が監督した作品で、三船演ずるしがないタクシー運転手が様々な客を乗せて経験する、ちょっといい話(とは言えないエピソードもあるが)を描くもの。三船の子息・史郎氏によれば、これが「一番父(三船)の実像に近い」役だという。

▲三船の地が出た『吹けよ春風』のポスター。越路吹雪の右隣が三國連太郎(山口勝弘氏提供)


 三國が登場するのは第7エピソード。三船はEP3・EP5に続いて、自ら仕立てた毛布製コートを着用しており、夜半に乗り込んできた三國扮するピストル強盗を、一か八かの方法で撃退するという内容である。
 どうしたわけかこの強盗は、いわゆる〝おネエ言葉〟を連発。〈ちょび髭、ボウタイ、ダブルのコート着用〉の洒落者だけに、かえって異様さが際立つ。どう考えても黒澤の脚本にこんな指定はなかったに違いなく、「勝手にオカマ役にしてしまい、黒澤にはその後使ってもらえなかった」との本人の証言どおり、これは三國の独創(暴走)によるものであろう。

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