街へ出よう

文=太田和彦

冬のおでん屋行脚

~全国どこに行っても庶民の味~

 

おでん﹁鍋前﹂のカウンターに陣取って
湯気の向こうの女将の顔をそっと伺いながら、
汁の染み方で、「とうふ、大根、キャベツ」とまず注文の第一声。
ぐびりと一口熱燗が腹に滲みわたり、
「あー今日も一日、頑張ったなぁ」と独り言ち。
ひとり酒にはおでんが似合う。みんなでワイワイは大きなテーブル席で、
気取った料理屋では味わえない家庭的なくつろぎがあるのがおでん屋だ。
出汁が染みたような暖簾をくぐれば、日本の味が待っている。

撮影:飯田安国

銭湯とおでんでしのいだ 銀座勤めの残業の日々

 

    銀座の資生堂でデザイナーをしていた二十代は残業に継ぐ残業の日々だったが、念願の仕事だったので、定時で人の帰った静かな社内で一人、制作に没頭する時間を最も大切にしていた。しかし夜十時を過ぎて風呂なしアパートに帰っても、頼みの銭湯はもう閉まっている。仕方なく夕方近くなると会社を抜け出して近くの銭湯「金春湯」に行き、帰りは並木通りのおでん「お多幸」で夕飯をすませるのが日課になった。
 
「がんも、豆腐、はんぺん、大根、あと茶めし」
 
「はい、がんとうはんだい」 

    店員が復唱し、赤いプラスチック皿ですぐ出る。抜け出して来たから時間はかけられない。お多幸は五丁目ソニービル裏に本店があったが、もっぱら会社に近いこちらに通った。そのうちお多幸は銀座泰明小学校を出た名優殿山泰司の実家と知り、ファンだったので愛着が増す。
 
    お多幸のおでんは色の濃いおつゆの味がよく染み、ご飯に合う。今は名物となった豆腐一丁をそのまま茶めしに乗せた〈とうめし〉はそのころまだなかったが、私は自分でそうしていた。夜は酒を飲みに入り、注文を受けて煮る〈タコ〉が楽しみだった。一人のときは一階カウンターの「鍋前」が特等席。大勢の飲み会は二階の大机で、注文が簡単ですぐ出るおでん屋は便利だった。持ち帰り用の赤い桶目当てに、家の土産にしたこともある。

    銀座には「お多幸」「やす幸」の二大おでん屋があり「お多幸は安い、やす幸は高い」と我々は言っていた。「やす幸」のおでんは薄味上品。四丁目の「おぐ羅」は後発で、こちらは同伴族がよく来ていた。

 

……続きはVol.42をご覧ください。

おおた かずひこ 

グラフィックデザイナー、作家。著書に『東京居酒屋十二景』他多数。BS11の「太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選」(毎週月曜日よる8 時~ 8 時53分)が好評放映中。

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