くつろぎのコーヒータイム

日本の喫茶店は、明治20年代に上野に開店した「可否茶館」が第一号とされている。
以来120年余り、喫茶店は一つの文化になった。
散歩の途中で立ち寄る喫茶店。心に響いた映画や音楽の感動を、一杯のコーヒーとともに振り返る贅沢な時間。
行きつけの店のマスターとのたわいない会話。
それにしても喫茶の名店には、一杯のコーヒーに対する店主のこだわりがある。愛すべき頑固さも魅力のひとつだ。

一日の始まりは一杯のコーヒーから

 

スターバックスやタリーズなど街角の気軽なカフェが増えて、ちかごろまたコーヒーが人気を呼んでいるようだ。カップのサイズやエスプレッソ、カプチーノなど種類が選べ、豆も販売と、コーヒーに特化しているのが特徴だ。

私もコーヒーは大好きだ。朝、仕事場に行くとまず一杯を机に置き、気持ちを整える。一段落するとまた一杯。書き上げた原稿を読み直すときには欠かせない。また夜おそく、今日はもう終わりにしようと机のレコードアンプのスイッチを入れ、好きな音楽を聞きながらの一杯はやれやれとくつろぎになる。

近所にできた熱心なコーヒー専門店で買ったブレンドの粉を、ペーパーフィルターのカリタドリップで淹れる。カップはイタリアかどこかで入ったカフェでざっくばらんに使っているのと同じのを近所で見つけて買った、頑丈一点張りの超厚手の重いもので、裏に「saturnia made in italy」と浮き文字がある。

ふわふわしたコーヒーの粉に急須からそっと湯を差し回すと、湿ると同時に香りがふわりと上ってくる。四、五回で注ぎ終わり、朝は生クリームを少し入る。台所で淹れたてをまずそっと一口、そのまま手に持って仕事机に座り、また一口。本日の始まりだ。

 

旅先こそ大切な行きつけのコーヒー店

 

十数年前、東北山形の大学で教えることになり、殺風景な研究室にまず置いたのは、コーヒー粉のカプセルをセットするだけで淹れたてが飲める、ネスプレッソのコーヒーマンだ。これが新幹線で二時間半かけて着いた研究室での仕事始まりとなった。一杯を口にして「さて、何からやるんだっけ」とあれこれを見る。

面談などで学生が研究室を訪ねてくると、まずコーヒーを一杯淹れてやる。緊張していた学生がこれですこし自分をとりもどす。そのうち「太田先生のところに行くと、うまいコーヒーが飲める」と噂になり、それだけのために来るようなのもいた。一杯のコーヒーは学生との距離を縮めるのに役立った。

旅先の京都の朝はいつも三条通りの「イノダコーヒー三条店」の円形カウンターに座る。注文はラビアの真珠」。「お砂糖ミルクは入れてよろしいですか」「はい」がお約束の会話だ。たっぷりめのミルク入りコーヒーをすすりながら京都新聞を開くのが、京都の朝の決まりになった。

大阪ならば法善寺横丁に近い「アラビヤ珈琲店」だ。大阪のコーヒーは一般に濃いストロングが主流で、理由は「その方がお得」ということらしいが、ここのブレンドはマイルドで何杯飲んでも飽きない、というか来るたびに前よりうまく感じる。創業昭和二十六年。ここで新聞を開きしばしくつろぐ。東京にいきつけのコーヒー店はないが京都、大阪にはある。

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世界中の豆がそろう銀座の名店の作法

 

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コーヒー好きならば知らぬ者のない名店、創業昭和二十三年、銀座の「カフェ・ド・ランブル」を訪ねた。コーヒーのメニューは№2から19まで種類がある。ストレートコーヒーは世界中の豆がそろう。カウンターの端に座り、〈№2 カフェ・クレーム 普通カップ(ミルクつき)シングル700円〉を注文した。

カラスの口のように細長く切れ込みを入れた、赤い琺ほうろう瑯のオリジナルポットからお湯を糸のように細く注ぎながら粉の入るネルフィルターをゆっくり回す。抽出したコーヒーを受けるソースパンは最も温度変化に対応する、内側に錫を塗った赤銅だ。

できた一杯のカップをそっと持ち上げ、まず香りを深呼吸。口に含むと香ばしい中にほどよい酸味をたたえ、品の良い透明感がある。次にミルクを少し入れると艶やかになり、最後に砂糖を少し加えるとまことに貴族的な豪華さになった。

 

おおた かずひこ
グラフィックデザイナー/作家著書に『居酒屋を極める』(新潮社)、『ぶらり旅いい酒いい肴』(主婦の友社)、『居酒屋吟月の物語』(日経文芸文庫)、『今宵もウイスキー』(新潮文庫)など。


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