ひよっこなら ひよっこらしく

傘寿を迎えて毎日が正念場

 

今年の二月で傘寿を迎えた。自分が八十歳になる日のことをかつて考えたことがあったろうか。まったく記憶にない。昨年の十月にある雑誌に依頼されて、恒例の〝新年のことば〟なる一文を物にした際、それは忽然とやって来たのである。

そうかぁ、俺も傘寿かぁ。よくぞここまでとしばし感無量。続いてしみじみ思ったものである。それにしても、体力、気力、酒量に色気、いずれもまったく衰えていないではないか。続いてしみじみ思ったものである。それにしても体力、気力、酒量に色気、いずれもまったく衰えていないではないか。学生時代とそれほど変わったとも思えない。そりゃ、長距離走に関してはまったく駄目だ。しかし、短距離のダッシュ力ならまだまだ捨てたものではない。

まして仕事を中心とした日常の体力、気力となると、少しも痛痒を感じない。酒の量もまったく落ちていないし、酒品となると満更でもないと思っている。色気となると、少なくともハグの機会は年を追って増えて来ている。

そうはいっても無闇に自惚れている暇はない。これからは衰退の一途を辿ることになるだろう。だからといってこれに唯唯諾諾として従っているわけにはいかない。人生最後の大仕事が残っているからだ。

死の到来を予感するや否や、これまで営営として果たして来た〝攻めの養生〟を一気に加速して死後の世界に突入するといった大仕事である。傘寿ともなれば言わば毎日が正念場だ。準備おさおさ怠りなくこれに備えなければならない。

 

大先達に圧倒されたひよっこの悟り

 

といった決意のほどを一文にして雑誌社に送ったあとも間もなくして、九十六歳の大先達と対談をする機会を得る。若くして美人の秘書さんを従えてすたすたとリズミカルな歩調で入って来る。若い! まるで百戦錬磨の武芸者のようだ。

話も明快そのもの。時代は太平洋戦争の最中。大学卒業と同時に召集令状を得て中国戦争へ。三年後に終戦のあと、さらに三年間シベリア抑留。その苦労は並大抵なものではなかったと思うが、悲喜こごごも至る心境を淡淡と語る。

帰国後はある官省に地位を得、事務次官に上り詰めたあと国政を終えて、現在は弁護士事務所を開いている。七十歳のとき胃がんのために胃全摘手術を受けてからは一日120本の煙草を止めて、もっぱら焼酎を楽しんでいるという。

その見事な風格に圧倒された。俺などはまだまだ〝ひよっこ〟。ひよっこならひよっこらしく、これまで通りおどおどと生きていこう。攻めの養生もこれまで通りだ。最後の大仕事などと構えることなく、自然体でダッシュできれば御の字だ。

 

おびつ りょういち

帯津三敬病院名誉院長。日本ホリスティック医学協会名誉会長。1936年埼玉県生まれ。61年東京大学医学部卒業。東京大学医学部第三外科医局長、都立駒込病院外科医長などを経て、82年帯津三敬病院を開設し院長。西洋医学だけでなく、中国医学、ホメオパシー、代替医療など様々な療法を駆使してがん診療に立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学の確立を目指している。 新刊は『医者いらずになる1分間健康法』(ワニブックス)など。講演会、養生塾などの開催については、http://www.obitsusankei.or.jp/ をご覧ください。


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