20.09.28 update

誰も八千草さんにはなれない 

 昔、高峰秀子さんがいってらしたのを思い出す。文章か発言かは忘れたが、いわゆる分かりやすい美人ではない杉村春子さんだと名演技とほめられるところが、自分はスターになってしまった美人なもので、同じくらいの演技をしてもなかなかうまいといってもらえないという嘆きだった。思い切ったことをいうものだと気持がよかった。

 八千草さんにもそういうところがあると思う。「演技派」などという言葉で飾られることは少ないのではないだろうか。しかし、実際はまぎれもない演技派で、たとえば地人会公演の翻訳劇『階段の上の暗闇』『花咲くチェリー』など、美女であることは損かもしれない舞台での輝きも忘れられない。

 強い人だと思う。

 かつて、犬と長々と暮している喜びを書いたエッセイで、本当は馬と、更にライオンや狼の子どもと暮せたら嬉しいけど、現実には無理だから大型犬にしているということだった。猫は一言も出て来ない。胸を張って背筋をのばして御自分を維持してらっしゃるんだと思う。

「いちばん綺麗なとき」というドラマを八千草さんで書いたことがある。今から十四年ほど前のことだ。八千草さんは六十代でいらした。何人かの人から茨木のり子さんの詩「わたしが一番きれいだったとき」というタイトルの盗用ではないかといわれたが、無論そんなことはない。茨木さんからなにかいわれたというのでもない。茨木さんの御作は御自分の若かったころ、たぶん十代から二十代にかけての御自分とその時代を主題にした作品で、私のは八千草さんの(そして加藤治子さんの)六十代の現在を描いたもので、昔は綺麗だったという話ではない。その六十代が、いちばん綺麗なのではないかという話だった。若さの愚かさも、情念の荒々しさも鎮(しず)まり、人の悲しみも身勝手も分り、それでも尚、新しい他者との結びつきを諦めない静かな物語を書いてみたかった。

 その美しさは十代二十代の美しさのように分りやすくピカピカではないが、感じようによっては、人生でいちばん美しいころといえるのではないか、とまだ枯れていない老境を描こうとしたものだった。それにしても、こんな強引な思い込みをドラマにしようとしたのは、八千草さんの美しさがあってこそだった。

 十代二十代だけ美しいなんて世を偽(いつわ)るものだといったことがある。自分を棚に上げてよくそんなことをいえたもんだとはずかしいが、私を含めて多くの人々のそのような変化のなかで、八千草さんは会うたびに美しい。変わらないというのではない。その齢その齢を自然に受けとめて変ってらっしゃるのだが、ジタバタしていないのがいいのだろう。

 先日も久しぶりでお目にかかったら、九十八歳で第一詩集を出した柴田トヨさんの映画で、その人を演じて来たばかりとのことだった。

「それは、かなり相当老けなければなりませんね」というと「そうなの。分からなくて」とからりと笑ってらした。

 清純派? ああ、そうかもしれないなあ、と今となって納得するような気持が湧く。人間のあるべき水平を、みんなのために維持してくれているような──とてもとても代りがいない人なのである。

テレビドラマ「岸辺のアルバム」以来、多くのテレビドラマ、舞台で仕事を共にしてきた八千草薫さんと山田太一さん。36年のおつきあいのなかで、一緒に写真を撮るのははじめてだということで、少々テレ気味かと拝見したがお二人の醸し出す穏やかでしっとりとした空気に包まれた現場だった。

八千草薫
女優。大阪府出身。1947年に宝塚歌劇団入団。51年『宝塚婦人』で映画デビュー。以後、映画、『宮本武蔵』『蝶々夫人』『男はつらいよ 寅次郎夢枕』『田園に死す』『阿修羅のごとく』から最近の『ディア・ドクター』『日輪の遺産』『ツナグ』『舟を編む』、舞台『二十四の瞳』『細雪』『女系家族』『華岡青洲の妻』『黄昏』『早春スケッチブック』、ドラマ「銭形平次」「うちのホンカン」「前略おふくろ様Ⅱ」「岸辺のアルバム」「阿修羅のごとく」「ちょっとマイウェイ」「茜さんのお弁当」「あめりか物語」「シャツの店」「拝啓、父上様」「ありふれた奇跡」、最近では「歸國」「テンペスト」「最高の離婚」「母。わが子へ」と現在にいたるまで常に第一線で活躍を続ける。菊田一夫演劇賞、テレビ大賞優秀個人賞など多くの受賞歴があるが、21世紀になっても多くの映画賞に輝いているのは現代を代表する女優の証だろう。97年紫綬褒章受章、03年旭日小綬章受章。 ‎2019年10月24日逝去、享年88。

山田太一
脚本家、作家。1934年東京浅草生まれ。58年早稲田大学国文学科卒業後、松竹大船撮影所演出部に勤務。木下惠介監督の助監督を経て、65年フリーの脚本家となりテレビ史に残る数々の作品を手がける。「3人家族」「藍より青く」「それぞれの秋」(テレビ大賞)「岸辺のアルバム」「沿線地図」「あめりか物語」「獅子の時代」「想い出づくり」「男たちの旅路」「ながらえば」「(以上2作で芸術選奨文部科学大臣賞)「夕暮れて」「ふぞろいの林檎たち」「日本の面影」(向田邦子賞)「シャツの店」「ありふれた奇跡」などドラマの他、舞台でも『ラブ』『黄金色の夕暮』など話題作がある。山本周五郎賞受賞の小説『異人たちとの夏』の他多数の著書がある。85年菊池寛賞、92年毎日芸術賞他受章歴多数。

1 2 3

こちらの記事もどうぞ
映画は死なず

新着記事

  • 2024.04.23
    窓枠は世界を広げてくれる

    木々の変化、風景の変化が面白い

  • 2024.04.19
    ゴールデンウイークのお出かけに!麻布台ヒルズギャラ...

    4月27日(土)~5月23日(木)

  • 2024.04.19
    箱根の宿には「おかみ」の行き届いたホスピタリティが...

    杉山留里(箱根おかみの会 会長、「和心亭豊月」女将)

  • 2024.04.19
    国の「重要文化的景観」に選定された<葛飾柴又>の知...

    京成電車下町さんぽ<1>

  • 2024.04.18
    トヨタのマークⅡでドライブしながら何度も聴いた、稲...

    「ハコバン」から28歳でデビュー

  • 2024.04.18
    韓国アイドルグループ「2AM」のジヌンもバスケット...

    4月26日(金)全国公開

  • 2024.04.17
    渡り鳥のように、4箇所をぐるぐる ─萩原 朔美 ...

    第12回 キジュからの現場報告

  • 2024.04.17
    利発で、正義感が強く、潔癖で、ちょっぴり生意気で、...

    昭和30年後半の大映映画の青春スター

  • 2024.04.11
    相模原出身のロックバンド (Alexandros ...

    相模大野駅の列車接近メロディ

  • 2024.04.11
    下町の太陽、庶民派女優といわれながら都会の大人の女...

    150万枚のミリオンセラーを記録

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

new ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

「箱根スイーツコレクション 2024」開催中 4月22日(月)まで キャンペーンも実施中

箱根 「箱根スイーツコレクション 2024」開...

Instagramをフォローして、素敵な賞品をゲットしよう

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!