21.09.28 update

克己の品性、草笛光子さん。 

ひと言でも自分が
口にしたいセリフがあれば
その作品に出てみたい、って思うんです。


歳を取ってきたのではない若さを重ねてきたのである


 そんな草笛さんの東京での六月の芝居は、何度目かの再演『6週間のダンスレッスン』である。
 この芝居の特異なことは、翻訳劇でありながら、不思議なことに草笛光子さんの実像とダブらせて観てしまう事<なのだ。
「この本を手にした時、まるで自分の事のように感じてしまった」という。
 主人公の年齢と自分との近似。ひとり暮らし。残された時間がたとえ僅かであっても、楽しみを見つけようとする前望姿勢。失わない冒険心。亡くなった夫に対する感情。過去の自分との距離。どこかに草笛さんの心を揺すった要素があったのだろう。台本の中で「 ─── 一人は消え始めるの。レストランのウェイトレスは、私が目に入らない。お店の売り子は、私の頭越しに他の人と話をする。手を握ってくれている人がいれば、何とかちゃんと人の目に見える存在でいられるかもしれない。でも年を取った女は、夫がいなければ、完全に透明人間になってしまうの」というセリフが胸に残っているという。
 寂しいつぶやきだ。歳老いると、人は透明人間になってしまうのだ。歳取って一番辛いのは、若い頃を忘れない事なのである。
 それにしても、草笛さんは若い。実年齢と心身とが乖離している。芝居に取り組む姿勢が若さを保つ要因なのか。それとも、生来の品性が加齢を押し戻しているのだろうか。
 実は原因は明瞭だ。草笛さんは今日まで歳を取ってきたのではない。若さを重ねてきたのである。当然なのだ。若さを重ねることが、女優という生き方なのである。
 舞台人の宿命なのである。

撮影日の数日前まで舞台『6 週間のダンスレッスン』で全国を飛び回っていた草笛光子さんだが、その疲れを微塵も見せることなく現場に颯爽と登場。草笛さんとは初対面ということで珍しくネクタイ姿で現れた萩原朔美さん。「大女優に敬意を払いました」の発言でお2人の距離が一気に近くなった。
撮影協力:KINSMEN


くさぶえ みつこ
女優。横浜市生まれ。1950 年に松竹歌劇団(SKD)に5 期生として入団し、53 年には在籍中のまま映画『純潔革命』でデビュー。54 年にSKD を退団し、56 年には東宝専属となり映画・舞台・テレビで活躍。58 年から放送の音楽バラエティ「光子の窓」はオープニングで歌うテーマ曲も話題になり、テレビ史に残る作品となった。また、日本ミュージカル界のパイオニア的存在であり、『ラ・マンチャの男』のアルドンサ、『王様と私』のアンナ、『シカゴ』のロクシーなど数々の名舞台を見せている。映画『修善寺物語』『社長シリーズ』『ぼんち』『接吻泥棒』『娘・妻・母』『名もなく貧しく美しく』『女の座』『放浪記』『乱れる』『女の中にいる他人』『乱れ雲』『犬神家の一族』『挽歌』『悪魔の手毬唄』『獄門島』『櫂』『それから』『雪に願うこと』『沈まぬ太陽』、テレビ「細雪」「不信のとき」「繭子ひとり」「続・氷点」「バラ色の人生」「元禄太平記」「必殺心中仕事屋稼業」「熱中時代」「茜さんのお弁当」「宮本武蔵」「澪つくし」「渡る世間は鬼ばかり」「八代将軍吉宗」「あぐり」「葵 徳川三代」「利家とまつ」「エ・アロール」「結婚できない男」「どんど晴れ」、舞台『香華』『泥棒家族』『女の遺産』『光の彼方に』『ハムレット』『ウイット』『私はシャーリー・ヴァレンタイン』『グレイ・ガーデンズ』など多数の出演作がある。芸術祭賞を3 度受賞、99 年紫綬褒章、05 年旭日小綬章を受章。『老後の資金がありません』2021年10月30日(土)ロードショーに出演。


はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長を務める。


1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.04.25
    蜷川幸雄演出の名舞台『近松心中物語』で太地喜和子と...

    1979年2月~3月、舞台『近松心中物語』初演の主題歌

  • 2024.04.23
    窓枠は世界を広げてくれる

    木々の変化、風景の変化が面白い

  • 2024.04.19
    ゴールデンウイークのお出かけに!麻布台ヒルズギャラ...

    4月27日(土)~5月23日(木)

  • 2024.04.19
    箱根の宿には「おかみ」の行き届いたホスピタリティが...

    杉山留里(箱根おかみの会 会長、「和心亭豊月」女将)

  • 2024.04.19
    国の「重要文化的景観」に選定された<葛飾柴又>の知...

    京成電車下町さんぽ<1>

  • 2024.04.18
    トヨタのマークⅡでドライブしながら何度も聴いた、稲...

    「ハコバン」から28歳でデビュー

  • 2024.04.18
    韓国アイドルグループ「2AM」のジヌンもバスケット...

    4月26日(金)全国公開

  • 2024.04.17
    渡り鳥のように、4箇所をぐるぐる ─萩原 朔美 ...

    第12回 キジュからの現場報告

  • 2024.04.17
    利発で、正義感が強く、潔癖で、ちょっぴり生意気で、...

    昭和30年後半の大映映画の青春スター

  • 2024.04.11
    相模原出身のロックバンド (Alexandros ...

    相模大野駅の列車接近メロディ

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

new ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

「箱根スイーツコレクション 2024」開催中 4月22日(月)まで キャンペーンも実施中

箱根 「箱根スイーツコレクション 2024」開...

Instagramをフォローして、素敵な賞品をゲットしよう

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!