1981年にフジテレビジョンに入社後、編成局映画部に配属され「ゴールデン洋画劇場」を担当することになった河井真也さん。そこから河井さんの映画人生が始まった。
『南極物語』での製作デスクを皮切りに、『私をスキーに連れてって』『Love Letter』『スワロウテイル』『リング』『らせん』『愛のむきだし』など多くの作品にプロデューサーとして携わり、劇場「シネスイッチ」を立ち上げ、『ニュー・シネマ・パラダイス』という大ヒット作品も誕生させた。
テレビ局社員として映画と格闘し、数々の〝夢〟と〝奇跡〟の瞬間も体験した河井さん。
この、連載は映画と人生を共にしたテレビ局社員の汗と涙、愛と夢が詰まった感動の一大青春巨編である。
縁がありそうで無かったのが松田優作さんだ。
優作さんと一緒に仕事をした森田芳光監督(「家族ゲーム」「それから」)や桃井かおりさん、原田芳雄さんら、彼の周りにいた多くの方々からは色んな話を聞かされていて、耳年増状態だった。
学生時代に見たドラマ「探偵物語」の痛快さは忘れがたい。殆ど、テレビを見た事が無い中で「傷だらけの天使」と「探偵物語」は強烈なインパクトがあった。
僕も、ずっと映画を製作していたので、撮影所でチラリとお見かけしたことはあったが、その程度で、遂に会話を交わすこともなかった。
不思議な縁で、一度も会ったことも無い、大スターのドキュメンタリー映画を創ることになった。タイトルは『SOUL RED松田優作』(2009/ 御法川修:監督)。
実はフジテレビで放送された連続ドラマ(と言っても全3話)「熱帯夜」(1983)のビデオ(DVD)化を、僕がやろうとしたことがキッカケだった。
本来は3話完結の連ドラでは無かったのだが、大トラブルが発生し、3話で終わってしまったらしい。中味は、ちょっとテレビ的なところから外れていて、むしろ映画のタッチ。主演は松田優作&桃井かおり。フジテレビでこの2人の共演は唯一で、魅力的で興味深かった。当時のプロデューサーやスタッフは、トラブルに関しては口を閉ざす人が殆どで、真相はイマイチわからなかった。ただ、口を揃えて「あれには触らない方がいい……」と。そう言われると好奇心が刺激されてしまう。当時、放送から25年以上が経ち、社内では忘れかけられていて、語るのもタブーの様だった。