私の生前整理

生きるための杖

文=山本一力

 

死線を越えた 担任教諭の言葉

 

  人生でただひとつ確かなこと。それはだれもが、死に向かって歩いて行くことだ。

  これは池波正太郎さんが随筆や小説のなかで、繰り返し言っておられる至言である。

  死はだれにも例外なしにやってくる。 しかし生の終焉の訪れ方は平等でも、規則的でもない。

  自殺でない限り、突然にやってくる。  
  1948年2月生まれのわたしは、小 学校入学は1954年だった。

  太平洋戦争の敗戦終結は1945年8月である。小学校の教諭は全員が、戦火を潜ってきたおとなたちだった。

  明日の夜明けを拝めるかは不明。  
 そんな日々を送ってきた教諭が、戦争 知らないこどもたちに説いたこと…… いま思い返しても、それは哲学的ですらあった。
  生きることの大事と、死はすぐ身近にあることの両サイドを熟知されていたからだろう。
 
 6年生の担任だった横田先生は ミッドウエー海戦の数少ない生き残りだった。大多数の日本軍兵士が戦 死した、悲惨な海上戦だった。

  生き残った横田先生は、次代を担うこどもたちに、常にひとつのことを説かれた。

「明日の日本は、おまえたちが築いてくれ。そして世界を相手にもう一度、日本が優秀なことを示してくれ。そのためにいま、学校でしっかり勉強してくれ」
 
 空襲のない教室で学べることの幸せを、身体の芯で実感してもらいたい。この言葉で話を結ばれた。

……続きはVol.39をご覧ください。

やまもと いちりき

作家。1948年高知県生まれ。都立世田谷工業高校卒業後、様々な職業を経て97年に「蒼龍」で第77回オール讀物新人賞を受賞。2000年に初の単行本『損料屋喜八郎始末控え』(文藝春秋刊)を上梓、02年に『あかね空』(文藝春秋刊)で第126回直木賞を受賞。『深川駕籠』 『ジョン・マン』などのシリーズ作品や『大川わたり』『おたふく』『ずんずん!』『カズサビーチ』『サンライズ・サンセット』などのシリーズ外作品、『家族力』『明日は味方。ぼくの愉快な自転車操業人生論』などのエ セイ、『山本一力が語る池波正太郎』『ぼくらが惚れた時代小説』『芝浜 落語 小説集』など多数の著書がある。

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