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アメリカでもっとも権威のあるヒットチャート誌「ビルボード」で1位を獲得した唯一の日本人歌手の世界で愛された国歌クラスの日本の歌 坂本 九「上を向いて歩こう」

 
 2025年10月17日、音楽プロデューサー・ディレクターである草野浩二さんが亡くなった。弊誌とのおつきあいは、2016年春号「コモ・レ・バ?」での「岩谷時子の作法」という特集を組んだときに、ショービジネスの生き字引ともいうべき安倍寧さんのご紹介により始まった。草野さんは岩谷時子音楽文化振興財団の理事長として企画に惜しみない協力をしてくださった。ぼくは、何度も神田の草野さんの事務所にでかけ、岩谷時子さんの資料を見せていただき、多くの貴重なお写真もお借りできた。その年の岩谷時子賞授賞式では、財団公認として弊誌が出席者全員に記念品として配られるという栄誉に浴した。

 草野さんは1960年に東京芝浦電気に入社してレコード事業部制作部ディレクターとなり、東芝音楽工業に移籍してきたばかりの坂本九の第1弾シングル「悲しき六十才」を手がけ、初仕事にして初ヒット作品を輩出した。以来、60年代初期はカバーポップスの全盛時代を築き上げ、70年代には邦楽ポップス黄金時代を築いた。坂本九はじめジェリー藤尾、ダニー飯田とパラダイス・キング、森山加代子、弘田三枝子、九重佑三子、奥村チヨ、渚ゆう子、安西マリアなどを手がけヒット歌手に育てあげた。欧陽菲菲を日本に紹介したのも草野さんだった。

 草野さんの訃報を知らされたとき、ぼくの頭にはいつのまにか「上を向いて歩こう」が流れていた。


 「上を向いて歩こう」は、61年10月15日に東芝レコードからリリースされた。カップリング曲は「あの娘の名前はなんてんかな」で、こちらもテレビでもよく歌われ多くの人に親しまれた。いずれも作詞は永六輔、作曲は中村八大が手がけている。

「上を向いて歩こう」は、61年7月21日にサンケイホールで開催された「第3回中村八大リサイタル」で、坂本九の歌唱で初披露された。テレビでは、同年8月19日、NHKで放送されていた大人好みの上質なバラエティ番組「夢であいましょう」のなかで初めて紹介された。10月と11月には番組の「今月のうた」として発表され、レコードが発売されるや爆発的なヒットとなり、音楽雑誌「ミュージック・ライフ」に掲載されていた国内盤ランキングでは、61年11月から62年1月まで3か月にわたり1位を独走した。永六輔作詞、中村八大作曲という〝六・八コンビ〟による人気コーナー「今月の歌」からは、そのほかにも梓みちよ「こんにちは赤ちゃん」、ジェリー藤尾「遠くへ行きたい」、北島三郎「帰ろかな」、デューク・エイセス「おさななじみ」、九重佑三子「ウエディング・ドレス」などが誕生した。

 同年末のNHK紅白歌合戦にも坂本九は、この曲で初出場するが、当時の保守的な日本の歌謡界においては、ロカビリー出身の坂本九の独特な歌い回しの評価は決して高くなく、当然獲得してもおかしくない日本レコード大賞にも選ばれていない。この曲の評価が覆されるのは、皮肉なことに世界的大成功によってであった。

 まず、62年にヨーロッパ各国で紹介され大ヒットする。イギリスで「SUKIYAKI」のタイトルで、ディキシーランド・ジャズのトランペッター、ケニー・ボールが自身のバンドでインストルメンタル曲としてリリースし、全英チャートで10位にランクインした。アメリカでは坂本九自身の歌声による日本盤のレコードが「SUKIYAKI」としてラジオで紹介されるやいなやラジオ局にリクエストが殺到し、63年にやはり「SUKIYAKI」のタイトルでキャピトル・レコードから5月3日にリリースされると、アメリカでもっとも権威のあるヒットチャート雑誌「ビルボード」誌の「Billboard Hot 100」では3週連続、キャッシュボックスのTop 100では4週連続、レコード・ワールドで2週連続で1位のヒットとなった。Billboard Top 100で1位を獲得した日本出身歌手は坂本九だけであり、しかも日本語版でのレコードだったところも特筆すべき点だろう。

 
 アメリカ国内でのセールスは100万枚を突破し、坂本九は外国人としては初めてとなる全米レコード協会のゴールドディスクを受賞している。世界約70か国でリリースされ、総売上数は1300万枚以上となっている。日本の国歌クラスの歌として世界中にも知られており、実際、2020年東京オリンピックの閉会式(2021年8月8日)では、東京スカパラダイスオーケストラにより生演奏された。

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