20.06.20 update

「遊び心」の大切さ

遊びをせんとや生まれけむ 第1回  2009年9月25日号より

2011年5月16日逝去。享年77。学習院大卒、東宝映画から俳優としてスタートし、多くの映画・ドラマに出演。その知性的な風貌とともに、無類の読書家としても知られ著書も多数。雑誌¿Como le va?の創刊号から絶筆となる7号まで健筆をふるってくれた。昭和を生きた人として常に世を憂い警鐘を鳴らしていた。

 

無言が罷り通る
「だんまり」の場と化した世の中

 なんと殺伐とした世の中なんだろう、と、このごろは外へ出るたびに痛感させられる。その原因のひとつは、人々の「だんまり」、つまり無言にある。”失礼”とか、”すみません”とか”ありがとう”という言葉が、電車の中や飛行機といった乗り物の中、駅や空港、デパートや銀行や病院や街中といった公共の場で、ほとんど、いや、まったくといっていいほど聞かれなくなった。

 エレベーターの乗り降りに、ちょっと手助けしても一切無言が罷り通る。言葉が無い上に笑(え)みすらない。機内で頭上の荷物を取り出す際に、こちらの頭に荷物をぶつけても知らん顔。”痛い!!”と言っても睨みつける感じで無視したまま。駅や空港でキャリーを引く人たちは、傍若無人、我一人荒野を行くがごとくで、人にぶつけても知らぬ顔の半兵衛。いちいち取り上げ出したら、もう枚挙に遑(いとま)の無いほど、これほど左様に無言が罷り通る。世の中はまさに「だんまり」の場と化した。

成熟しない大人に
真の「遊び心」は生まれない

 誰もが、自分のことを考えるだけで精一杯。他人のことを考えたり、おもんばかったりする余裕などまっくない。だから殺伐とした冷たい風が世間を吹き抜ける。なにか社会全体が潤滑油を欠いた機械のように軋んだ音を発している。そこで、しきりに思うのは「遊び心」の大切さだ。人間が「遊び心」を失うと、どんな世の中になるのか、今の日本の社会の現状はまさにそのことを証明している。

 この場合の「遊び心」とは、人間の社会との協調性を意味している。つまり他人と協調し融合する能力を身につけているか、どうかということだ。活字や文字、本と親しまずコンピューター・ゲームに熱中し、友だちとのコミュニケーションや遊びの少ないまま、家族とのつながりも薄く、自分のしたいことだけをして育ってきた子どもは、周りの人間と協調する能力に欠け、社会と融合できない未熟な大人になる。言葉を替えれば、成熟しない大人たちの世界に、真の「遊び心」は決して生まれない。

幼稚な大人たちが跋扈(ばっこ)する言わば餓鬼の世間を悲しく思うたびに、まだ約三十年前まではあった大人の人間のあらゆる面での「遊び心」が実に懐かしい。が、それはおいおいと……。

こだま きよし
俳優(1934~2011) 東京都生まれ。58年学習院大学文学部ドイツ文学科卒業。同年6月、東宝映画と俳優専属契約を結ぶ。67年にフリーとなる。映画『別れて生きるときも』『戦場に流れる歌』『HERO』など、テレドラマ「ありがとう」「花は花よめ」「肝っ玉かあさん」「白い巨塔」「黄金の日々」「沿線地図」「獅子の時代」「想い出づくり」「親と子の誤算」「山河燃ゆ」「武田信玄」「HERO」「美女か野獣か」「ファイト」「トップキャスター」「こんにちは、母さん」「鹿男あをによし」など多数の出演作がある。ドラマ以外でもテレビ「パネルクイズアタック25」「週刊ブックレビュー」、「びっくり法律旅行社」、ラジオ「テレフォン人生相談」など。著書に『寝ても覚めても本の虫』『負けるのは美しく』『児玉清の「あの作家に会いたい」一人と作品をめぐる25の対話』などがある。

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