松本清張原作『張込み』『ゼロの焦点』『砂の器』など、骨太な魅力に溢れたサスペンス作品群で日本映画界に新境地を開拓してきた野村芳太郎(1919~2005)。その才能はサスペンスだけではなく、風刺の効いた喜劇(コメディ)・青春ドラマ・時代劇・女性映画など多彩なジャンルに及ぶ。また監督として手掛けた劇場公開映画は88作品だが、プロデューサー(製作者)としても辣腕を揮い、脚本・企画・原案、テレビ作品も加えると実に110作品にものぼる。まさに〈多彩なる多才〉のアルチザン(職人)でもあった。
しかし野村監督の代表作『砂の器』『八つ墓村』は公開から半世紀が経過し、日本映画史に残る偉業を残した映画人のひとりであるにもかかわらず、有名作品以外は忘れ去られようとしている。
そこで、没後20年の本年から、生誕110年にあたる2029年までの期間を、「没後20年(2025年)から生誕110年(2029年)へ 多彩なるアルチザン 映画監督・野村芳太郎」と銘打ち、2025年3月からは、下記のように書籍の刊行や特集上映、特集番組が放送される。
1919年(大正8年)4月23日、映画監督で松竹蒲田撮影所の名所長と謳われた野村芳亭の長男として浅草で誕生、撮影所を遊び場として、東京と京都を往復して育つ。暁星学園を経て慶應義塾大学に進学、太平洋戦争勃発に伴い繰り上げ卒業。松竹に入社するも、1942年に応召され、インド東部インパール作戦に従軍する。奇跡的に生還し、松竹に復職。川島雄三、黒澤明監督らの助監督として活躍後、1952年『鳩』で監督デビュー。1958年に初の松本清張原作の『張込み』で評価を高めた。『ゼロの焦点』(1961)、『背徳のメス』(1961)、『左ききの狙撃者 東京湾』(1962)、『影の車』(1970)、『砂の器』(1974)、『事件』(1978)など、松本清張原作を中心にサスペンスの傑作を次々に発表。時に社会派要素の強い重厚な作品もあったが、概ね、いや、悉くが、エンターテインメント性に富んだ作品であった。そのいっぽうで、のちに『男はつらいよ』シリーズの主人公・車寅次郎役で名優となる渥美清の名演技を引き出した『拝啓天皇陛下様』(1963)など、庶民の立場に寄り添った喜劇や青春ドラマ、ラブコメなど、多彩なジャンルで作品を作り続けた。1973年、脚本家・橋本忍主宰の橋本プロに参加。1978年には松本清張と霧プロを設立。プロデューサーとして、『八甲田山』(1977)、『天城越え』(1983)などを手掛けた。1990年、脳出血で倒れた後も自宅で企画を練るなど、現場復帰に意欲を持ち続けたが、2005年4月8日、85歳で死去。1985年のアガサ・クリスティー原作『危険な女たち』が遺作となり、生涯の監督作品は88本だった。2025年、没後20年を迎え、2029年には生誕110年を迎える。