万全な感染症対策で臨んだ
7月1日の劇場再開
――PARCO劇場の再開は7月1日でした。
佐藤 緊急事態舞台芸術ネットワークなど、いろんな横のつながりの情報も含めて6月からは再開できるという光明がなんとか一つ見えてきたこともあり、6月20日初演の三谷幸喜さん作・演出の『大地』の上演が実施できるという希望が見えてきましたが、かろうじて6月1日から稽古場に集まり、稽古をスタートできたとしても、6月20日までには3週間しかありません。普段でも4週間くらいの稽古期間をとるところ、しかも新作です。もし、3週間でなんとか初日を開けますよと目標を掲げも、スタッフ、キャストたちプロダクション全員の合意をまずとらなければいけない。一人でも感染予防対策に関して不安だったらできないので、そこは本当にデリケートに担当プロデユーサーが向き合って進めてくれました。加えて、キャストにもそれぞれ家族も事務所もあるので、そこでの考えもありますよね。だから、どこまでやっても正解がない中で、パルコとしては感染拡大予防対策にも万全の準備をするし、対外的にもこういう姿勢でやりますということを明らかにしますし、というのを根回ししながらやっていく過程で、初日を7月1日にずらしてやりましょうと準備を進めました。ただ、『大地』のチケットは完売していて、前後左右一席空けるという入場者数制限の中で、チケットを購入してくださったお客様全員に来ていただくことは無理なので、チケットをすべて払い戻して、約半分を再販売するという準備も同時にやっていました。
――演劇の形態として無観客生配信という方法論を考えたことは。
佐藤 当然、みんなのアイデアの中にはありました。たとえば『ピサロ』は初日前に公演中止が決定した段階で、担当プロデューサーが直ちに動いて予定していたWOWOWの収録を急遽前倒して行いました。だから、ご覧いただけなかったお客様に観ていただく手段はできていました。緊急事態宣言中は、劇場に人が集まれる状況ではなかったですし、『ピサロ』は出演者も多く、そんな状況下で配信のために俳優が集まってもいいのかということになりますので、収録ができていて本当によかったですね。パルコの他の公演では、稽古開始後に中止になったという作品はなかったので、もし舞台稽古という段階までいっていたら、無観客生配信という形態を考えていたかもしれないです。その後の再開からは、現在もそうですが、前後左右一席空けて感染予防対策を取らなければいけないので、当然上演すればするほど赤字です。再開第一作の『大地』も、完売していたチケットを感染症対策のためすべて払い戻したことで、観られなくなったお客様のためにも、また減収入を補うためにも週末には有料で、7台のカメラを使って生配信しました。今後の公演でも実施していく予定です。
――7月27日から8月7日までの『三谷幸喜のショーガール』は、(Social DistancingVersion)と謳われていましたが、コロナ禍ということで演出を変えたのですか。
佐藤 状況を見極めた上で、『大地』と同様、三谷幸喜さんと担当プロデューサーが協議して客席のみならず、舞台上も〝ソーシャル・ディスタンス〟になりました。川平慈英さんと、シルビア・グラブさんがほぼほぼ距離をとって演技をするので、キスも手を握ることもNGで、近づき過ぎると警告音が鳴り、手の消毒もあれば、アクリル板のパーティションも用意されたり、とコロナ禍を逆手にとった新たな演出が施され、制約がある中での上演ながら、お客様にも久しぶりに劇場でステージを観るという醍醐味を堪能していただけたようで、まさに〝NO STAGE,NO LIFE〟という、演劇従事者なら誰もがいだく思いを実感させてもらえました。
俳優たちは大丈夫ですよと
お客様に言える感染症対策
――9月公演の『ゲルニカ』の稽古が始まっていると思いますが、今、どのような思いで、公演準備をしていますか。
佐藤 この先、どのようになるのかはまったくわからない状況下での準備ですから、また公演中止になりかねないという不安は常に抱えていますし、考えざるを得ないですね。具体的にキャスト、スタッフとも話をしています。そのときのためにいろいろな方法論を考える中で、一部の劇場でマスクやシールドをつけて上演するという形態での公演もありましたが、通常の演出と変わってしまうのであればやりたくないと、演出の栗山民也さんはおっしゃっています。それは当たり前のことですが、そうすると、マスクをしているお客様と同じ空間にマスクをしていない役者たちがいる、そのことへのお客様の不安を取り払わなければいけないわけです。客席の感染症対策であり、俳優たちも感染していませんよと明言できるかどうか。ということで、稽古に入る前、稽古中劇場に入る前、公演中、さらに地方に行く前、PCR検査をキャストとスタッフ全員が受けるということを考えています。それが一概に正しい方法論ということではなく、パルコ・プロデュース公演のプロダクションの中ではそれをやっていきましょうということです。俳優たちにはマネージャーという存在がつきものですが、マネージャーの方々でさえも稽古場や劇場の楽屋の立ち入りをご遠慮いただいていて、稽古場を今の日本で一番安全な場所にします、と言えるくらいのレベルで話をしています。稽古場、劇場の感染予防マニュアルも作っていますが、別のお仕事の現場もあるし、家庭もあるし、結局は自己管理をしていただかなければいけないのです。食事の店一つにしても危険と思われる場所には行かないでくださいとか、ジムもやめようねとか、大の大人を相手にそんな話までしていますが、みんなが同じ気持になってやっていかないとだめですし、誰か一人でもそこからはずれるとそこで止まってしまいます。稽古場が止まらないように誰かが発熱して検査するまでのタイムラグがあったとしても、稽古を続けられるようにアンダースタディ(主要な役を演じる俳優の緊急事態に備えて、その役の稽古をして公演期間中待機している俳優で、初めから稽古に参加している)も入れます。初日に向かって全員が気持を一つにしてクリエーションすることが大切なのだという思いを共有することでしょうか。お客様の前に俳優たちに出てもらう以上、俳優たちは全員大丈夫ですよと言えないといけないと思っています。
――来年の公演の話などもすでに始まっていると思いますが。
佐藤 今年中止になった公演を来年以降、いずれかのタイミングで上演できればということも含めて話は進んでいます。今年中止になった作品が上演できるまで舞台に立ちたくないという俳優さんもいらっしゃいますし。まずは9月の『ゲルニカ』であり、10月の“ねずみの三銃士”第4回公演『獣道一直線!!!』が、無事初日を迎えることができ、何事もなく公演スケジュールを全うできるように気を抜くことなく日々努めていくことですね。『
獣道一直線!!!』は、宮藤官九郎さんが毎回脚本を手がけられていますが、今回は俳優として初出演することも決定しています。コロナウイルスに感染し復帰した、宮藤さんが新作を書き下ろし、そして出演もなさるというのは、演劇界にとってとても大事なことで、大きなトピックです。演劇界のみならず、今コロナで苦難を強いられていらっしゃる人々にとっても、大きなエールになるのではないかと期待しています。
――演劇に携わる立場として今伝えたいことは。
佐藤 食べること寝ること同様、演劇という娯楽が人々の生活、人生に必要なものなのか、不要不急のこととしてコロナ禍のような大事においては諦めなければいけないものなのか、というような議論は別として、心を豊かにするというような意味において、本や絵画、写真、映画などと同様、日々の生活に必要なものなのだという思い。エンタテインメントに関わる誰もが、そう信じているからこそ、そこに人生を預けていると思うんです。ただ、危険を顧みず劇場に来てください、なんてことは言えませんが、必要ではないというような悲しいレッテルを貼られないようにはしたいなとは思います。だからこそ、芝居を上演するために、お客様に劇場で芝居を観ていただくために、その対策に労を惜しむ演劇人はいないと思います。演劇クラスターとか、劇場クラスターだとか、そう言われないようにみんなが万全を期して新型コロナウイルスと向き合っています。
PARCO劇場
[住] 渋谷区宇田川町15-1渋谷パルコ8F
[問] パルコステージ 03-3477-5858(時間短縮営業中)
https://stage.parco.jp