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「猫」を神聖なるモチーフとし、試行錯誤で油性テンペラ技法を極めた画家・川井徳寛

 「テンペラ」というのは、卵黄に水や酢を加え、そこに顔料を練り合わせることによって絵具にします。16世紀以降、油絵具が広く使われるようになるまで、「テンペラ」は主流の技法でした。サロンド・ボッティチェッリの《ヴィーナスの誕生》や《春》は、その傑作と言われています。ボッティチェッリの絵を見て、そこに卵が使われていると知る人は少ないかもしれません。卵黄のレシチンという脂質が乳化剤の働きをします。卵の水分は時間が経つと蒸発してしまいますが、卵の油分が空気と結びついて固まります。テンペラの絵具を薄く均等に塗り重ねることにより、やわらかな光沢が出て、ボッティチェッリの作品は時を経てもいまだに美しい輝きを放っています。

川井さんの作品は多種多様の筆から生まれる

 

 幼少の頃は家にあった図鑑から、昆虫や宇宙、神話に興味を持ち、とくにギリシャ神話やゼウスに惹かれました。創作初期の作品は幼少期に魅了された図鑑やヒーローがテーマになりました。2010年代の作品は、ヒーローと悪者が登場するような善悪の対立や共存をモチーフにして、自分の好きな世界を構図や様式にとらわれない自由な発想で、物語性のある作品を多数制作しました。

 そして、5年前くらいから作品に必要な「構図」を極めようと本格的に研究を始めてから、作品も話題になり、著名な美術家の先生にも作品を購入していただけました。

 実家では、私の誕生前から猫を飼っていて、物心つく前から猫は家族であり、友人という存在でした。飼っていた猫との別れを経験したのは中学生のときで、その時の喪失感は深く、ペットロスを乗り越えるのも大変でした。その後保護猫を飼うことになり、2匹の猫と通算すると18年間寝食を共にしました。猫はまさに私の精神の安定と癒しの存在です。
 自分の描きたい絵に到達するため、卵黄に水や酢を加える割合、さらに油彩や水彩素材を組み合わせ分析、実験を繰り返し、独自の油性テンペラ技法に辿り着いたのです。そして今回は、描く対象を「猫」にしました。「猫」は単なる愛玩動物としてではなく、初期ルネサンス絵画をモチーフに重ね合わせたのが、「猫礼賛祭壇画」シリーズです。

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