ガス人間役には当初、中丸忠雄の続投が予定されていた。ところが、『電送人間』を試写で見て「こんな映画に出るために俳優になったんじゃない」(同作DVDオーディオコメンタリー)と嘆いた中丸がオファーを蹴り、土屋にお鉢が回ったものだというから、土屋は中丸に感謝せねばならない。
すでに『地球防衛軍』(57)で、(顔が見えない!)宇宙人・ミステリアンを自ら望んで演じた土屋にとって、ガス人間は実に美味しい役どころであったろう。日本舞踊家・八千草薫との悲恋話、一種の心中ものでもある本作からは儚さも感じられ、子供心にもやたら切なかった憶えがある(※2)。
ラストのガス人間の死に様は、円谷特撮がさらに深化。電送人間以上におどろおどろしくも美しいものとなり、筆者がまたもや総天然色の夢を見たことは言うまでもない。
1995年の春には、67歳になっていた土屋に、いきなり米国の映画会社から『ガス人間パート2』のシナリオが送られてきた(日刊ゲンダイ「あの人は今こうしている」)というから、やはりガス人間は土屋にとって、一世一代の〝はまり役〟ということになるのだろう。思えば、63年の東宝ラインナップにも『フランケンシュタイン対ガス人間』のタイトルが載っていたような……。
これ以降もクセのある役を得意とした土屋。普通の役柄はなるべくやらないよう断っていたとのことだから、『怪獣大戦争』(65)で嬉々としてX星人の統制官を演じたのもよく分かろうというもの。怪獣映画や戦争映画ではお馴染みの顔となり、常連となった黒澤作品の他、成瀬巳喜男の『コタンの口笛』、『ひき逃げ』、『乱れ雲』でも強い印象を残す。
岡本喜八『斬る』(68)での〝裏切者〟役も実に憎々しかったが、本作における役の逆転現象(土屋=悪、中丸=善)は実に興味深いものがあった。
ちなみに、土屋も中丸同様、若大将の先輩役を演じている(※3)。どちらもこうした役に向いたキャラではなく、この配役はプロデューサーの藤本真澄が企てた悪戯としか思えない。
そんな土屋が「黒澤作品を別にして一番好きな作品」に選ぶのは、趣味の登山を生かした山岳ミステリー『黒い画集 ある遭難』(61/杉江敏男監督)。可愛がってもらった成瀬巳喜男監督の『妻よ薔薇のやうに』のリメイク『恋にめざめる頃』(69/浅野正雄監督)も「好きな作品」だというが、筆者は中丸忠雄とのコンビで刑事役に挑んだ犯罪映画『奴が殺人者だ』(58/丸林久信監督)がお奨めである。
かくして、長く狛江に住まった土屋が没したのは、黒澤や三船、志村(喬)のおじちゃん(実際に遠い親戚だった)、千秋実、上原美佐ら〝黒澤組〟と同じ、成城の地であった。
※1 公開当時、〝変身人間〟シリーズなどという呼称はなく、『電送人間』は〝怪奇科学スリラー〟、『ガス人間第1号』は〝空想スリラー〟と謳われていた。
※2 朝日新聞は「メロドラマとしても第一級」と報じた。宮内國郎による劇伴がのちに「ウルトラQ」で再使用されたことは、特撮マニアにはお馴染みの話だろう。
※3 『大学の若大将』(61)の土屋の役が『日本一』と『ハワイ』の中丸に引き継がれた。
高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。