そんな小泉が珍しく「善人ではない役」を演じた作品が『結婚の夜』(59)と『サラリーマン権三と助十』(62)、そして怪奇映画『マタンゴ』(63)だった。
筧正典監督による『結婚の夜』ほど、怖い映画はない。女癖が悪い(?)デパート店員の小泉が、一旦は手を付けた顧客(安西郷子)を捨て、良縁の女性(環三千世)と結婚。結果、長い黒髪を持つ安西に追い回されるというスリラー映画で、イーストウッドの『恐怖のメロディ』や『白い肌の異常な夜』ばりの恐ろしさ。「女はコワい」とつくづく思わされる映画である。
青柳信雄監督『サラリーマン権三と助十』二部作でも小泉は、予想を裏切る悪役を演じている。役は、主人公の高島忠夫と藤木悠が働くタクシー会社の乗っ取りを謀る大株主。あの河津清三郎が善人役ということで、小悪党ぶりがかえって際立つのが面白い。
恐怖映画『マタンゴ』には、そもそも善人は登場しない。人格者として知られ、性善説を唱える本多猪四郎監督にしては異例の作品と言える。
ヨットで航海に出た男女七人が遭難。無人島に漂着するが、そこには毒キノコ=マタンゴしかなく、それぞれの人間性が露わになっていく本作で小泉は、ヨットの艇長・作田に扮した。
常識的で人間味もある男に見えた作田だが、残った缶詰を奪い、一人ヨットで逃げ出してしまうのだから、これは相当な卑劣漢。最大限、小泉のイメージを崩さないようにとの配慮からか、悪辣な行動は直接的には描かれないものの、結局は自滅するという役柄=悪役である。
本作のせいでキノコを食べられなくなったり、電気を消しては寝られなくなったりしたお子ちゃまはともかく、大人の観客なら小泉の〝チョイ悪〟ぶりに新鮮味を感じたに違いない。
小泉自身が選ぶ代表作は、マスオさんを十作も演じた『サザエさん』と、凶悪事件に巻き込まれる〝無気力〟刑事役に挑んだ『三十六人の乗客』(57)だという。
それでも、『結婚の夜』や『マタンゴ』など、ダークサイドに落ちる小泉に格別な魅力を感じたのは、決して筆者だけではないはずだ。
※1 スリー・ビューティーズ、スリーペット、スリー・チャッピーズを三人娘と呼ぶ人はいない。
※2 他にサザエを演じたのは、東屋トン子、榊原郁恵(榊は木に神)、星野知子、浅野温子、観月ありさ、藤原紀香など。
※3 映画で波平、フネと呼ばれることはない。これは当時の漫画でもまだ名前が付けられていなかったためで、一作目では「磯野松太郎」の表札が掲げられていた。
※4 成城の桜並木通りに家を構える青柳信雄監督。自作で成城ロケを頻発させるのは、成城への愛着、はたまた省力化の表れか。
※5 大映、新東宝、東宝、日活、東映、松竹の大手映画会社を股にかけ、それも主役級で活躍した歌手=女優はひばりとチエミくらいのもの。
※6 〝カバーの女王〟江利チエミの主演映画だけあって、歌唱シーンがふんだんに見られる『サザエさん』シリーズ。カラー化された三作目『サザエさんの青春』(57)では、黄金色に輝く成城のいちょう並木で『ビビディ・バビディ・ブー』が歌われる。
※7 70年から始めた「クイズグランプリ」の司会が板についてるのは、前歴を考えたら当たり前のこと。
高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。