前述した同時代の歌手の紅白初出場は、黛ジュンが最も早く67年、小川知子が中村晃子と同じく68年、奥村チヨといしだあゆみが69年だった。中村晃子の対戦相手は同じく初出場の美川憲一だった。その後、「虹色の湖」と同じ作家陣でリリースした「砂の十字架」、「なげきの真珠」、「涙の森の物語」もヒットし、67年から69年にかけて中村晃子の姿は、テレビの歌番組でよく見かけられた。
特に印象深く記憶しているのは、69年1月27日放送のフジテレビ系列「夜のヒットスタジオ」(放送開始は68年11月4日)だ。当時の司会は放送作家、タレントで〝マエタケ〟の愛称で呼ばれた前田武彦と芳村真理。番組の名物企画に毎回一人の歌手の最も相性の良い人物をコンピューターがはじき出す「コンピューター恋人選び」があった。
この日のターゲットは中村晃子。コンピューターの結果が出る前に中村晃子は、好きなタイプとして前田武彦の名を挙げていた。コンピューターが、これ以上理想の相手はいないとしてはじき出した相手はまさしく前田武彦だった。その後、中村晃子は新曲「涙の森の物語」を歌い出すが、気が動転したのか突然泣き始めた。前田武彦もテレたようにただハンカチで中村晃子の涙を拭うしかすべがないのだが、中村晃子はまさに号泣だった。その後も、夜のヒットスタジオでは小川知子、いしだあゆみらが号泣する回もあり、〝泣き〟が売りとなって番組視聴率はうなぎ上りだった。当時の歌番組では、中村晃子はミニスカートや、ミリタリー・ルックのファッションにベレー帽姿などで出演していた。
その後、また歌番組からは遠ざかってしまうが、73年にリリースしたカバー曲「あまい囁き」がヒットする。オリジナルはイタリアの男女のデュエット曲だが、73年発売のアラン・ドロンの語りとダリダの歌によるフランス語版カバーが世界的なヒットとなり、日本語版も製作されたわけである。中村晃子の歌で、語りは細川俊之だった。細川俊之の囁く語りは、アラン・ドロンよりも甘く響いた。「パローレ、パローレ、パローレ」のくだりが有名で、高校生だったぼくは、アラン・ドロンのフランス語バージョンのレコードを買ったことを憶えている。
それから約7年後の80年、歌謡界で中村晃子の名前が三度浮上してくる。オリコン週間チャートでも4位まで上昇した「恋の綱わたり」だ。TBS系列の連続ドラマ枠木曜座「離婚ともだち」の挿入歌で、中村自身もクラブのママ役で出演していた。大原麗子、田村正和、藤竜也、津川雅彦、浅野温子らの出演による洒落たドラマだった。「木曜座」は、大人の愛の模様を描く都会的なラブストーリー・ドラマ枠で、数々のヒット曲も誕生させている。
79年の十朱幸代、渡瀬恒彦、名取裕子、加賀まりこ共演の「愛と喝采」からは、ドラマにも出演していた岸田敏志(当時・岸田智史)が歌う「きみの朝」。同年放送の松坂慶子主演の「水中花」からは松坂が網タイツ姿で艶やかに歌う姿も話題になった「愛の水中花」。やはり同年放送の倉本聰脚本、大原麗子、原田芳雄、津川雅彦、石田えり、さらに桃井かおりも出演した「たとえば、愛」からは豊島たづみが歌う「とまどいトワイライト」(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童)。83年の多岐川裕美、近藤正臣、露口茂、萬田久子ら共演の「誰かが私を愛してる」では、ドラマにもメインの役で出演していた野口五郎の「19:00の街」といった具合である。野口はこの曲で2年ぶり通算11回目の紅白出場を果たしている。
80年の「サンデー毎日」では、「ことしの紅白歌合戦は大あわて?!テレビドラマの主題歌が軒並みヒットする事情」なる特集記事も組まれた。それほどドラマから多くのヒット曲が生まれたということだ。ドラマのタイアップ曲がヒットチャートをにぎわす現代と違って、たとえヒットしても民放ドラマの主題歌をNHKで歌唱するには、制限があったという時代だったことが推察される。
「恋の綱わたり」は、脚本も手がけた福田陽一郎の作詞で、三木たかしが作曲を、船山基紀が編曲を手がけている。主題歌である西村協が歌った「シー・ユー・アゲイン」も、ある程度ヒットしたが、中村晃子の挿入歌のほうがそれを上回った。30万枚を超えるヒットで、ザ・ベストテンにも2週続けて8位にランク・インしたが、中村晃子の紅白出場はなかった。
中村晃子は、その後も女優としてテレビでは「不良少女と呼ばれて」、「スタア誕生」、「ヤヌスの鏡」といったいわゆる〝大映ドラマ〟、映画では五社英雄監督『鬼龍院花子の生涯』での仲代達矢演じる政五郎の妾の一人、根岸吉太郎監督、薬師丸ひろ子、松田優作共演の『探偵物語』などが記憶に残る。
中村晃子の「虹色の湖」を聴くと、テレビの各局で連日のように歌謡番組が放送され、今も歌謡史に名を刻む数々の流行歌が生まれた想い出の時間へとぼくを連れていってくれる。そして、昭和40年代のヒット曲が、次々にぼくの中に浮かび上がってくる。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫










