25.10.02 update

デビューから45年、テクノ演歌といわれた松村和子の「帰ってこいよ」のパンチの利いた望郷歌謡を聴けば、今でも必ず元気になる

 最優秀新人賞を競ったのは、岩崎良美「あなた色のマノン」、河合奈保子「ヤング・ボーイ」、田原俊彦「ハッとして!Good」、松田聖子「青い珊瑚礁」。大晦日の帝国ホテルの表彰式の光景を、松村ははっきりと覚えている。「聖子ちゃんかな、と思いながら発表を待ったんですが、俊ちゃんの名前が挙がった一瞬、聖子ちゃんの悔しそうな表情が忘れられないし私も残念な思いだった」と言った。同年、第13回日本有線大賞の最優秀新人賞では、田原俊彦、松田聖子をおいて面目を保った。

 
 それにしても45年前に初めて耳にした「カエッテコイヨ~」が、なぜ懐かしくよみがえったのか。その頃、ボクは雑誌や書籍の編集に夜も日もなく追われていたし、カラオケに興じる暇などなかった。まして、岩木山など青森県のどこに位置するのかも無知。テレビの歌謡番組もほとんど見られず状態だった。それでも、あの威勢のいい松村の高音は一度聴いたら忘れられないインパクトがあった。パチンコ屋から流れたのか、商店街のスピーカーからだったのか。ある日、仕事が終わってほぼ深夜近く、軽くー杯飲っていたら聴こえてきたのは、「帰ってこいよ」だった。

 正直いえば、カエッテコイヨ~のフレーズだけが脳裏に刻まれていたせいか、故郷の親父か母親が東京に出て行った息子(娘?)を想う楽曲だろう、とてっきり思い込んでいた。東京生まれ東京育ちには、故郷を想う感傷がない。それでも、「そういえば、このところ全然帰ってないな」と我に返った。仕事にかまけて、同じ東京のひと駅違いにもかかわらず、突然、無沙汰の情が溢れた。明治生まれの親父は、長患いの長女を亡くして認知症が一気に進み、特養老人ホームに入ってー年も経った頃だったか。母ー人住む団地の部屋が浮かんだ。ぽろぽろと涙がこぼれた。松村和子の高音を聴き入って、30歳を超えて初めて感じた望郷の念だった

 見渡せばこの威勢のいい歌が流れる店内にいた年配の男たちが、なぜか、しんみりしていた。集団就職の世代にとって、帰ってこいよ、と叫ばれれば誰でも同じような郷愁に耽るのだろうか。青森・津軽でなくとも、岩木山でなくとも、かつて過ごした故郷の情景とともに、歌詞の通り、おふくろが褒めていた気立てのいい彼女の顔が浮かんでいるのだろうか。コップ酒をー口啜るたびに、決して帰って来いと口にしたことがない我が母の強さを想った。

 
 実際には、この楽曲は、故郷の津軽から東京へ出て行った女の子を想う男の恋心である。キャッチフレーズは〈帰ってきた男衆(やんしゅう)演歌〉だった。太田裕美の大ヒット曲「木綿のハンカチーフ」の逆パターンといえる。親が息子を呼び戻そうとする歌ではなかった。それでも詞には、おふくろの思いやりがしっかりと刻まれている。お前の嫁に欲しかった娘だった、と今夜もひとりごとを言っている、と。1980年の東京の空は、茜色だったか、否、すっかり光化学スモッグに汚れていたはずだ。茜色の空、白いリンゴの花、お岩木山、津軽の風…、変わりつつある昭和の都会の風景に対抗するように、故郷の風景を刻んでいる。

 1980年代を思い返せば、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のニューウェイブといえるテクノ・ポップが台頭し、女性ファッション雑誌が相次いで創刊。ボクは商売柄無関心ではいられなかったが、『J J』『Can Can』『Olive』etc.横目にしながら「何のこっちゃ」とうそぶいていた。日本の社会には新しい空気が吹き込もうとしていた。ひょっとしたら、「帰ってこいよ」の「あの娘」はまっさきに東京に出て行きたがった、青森生まれの翔んでる女だったのか。松村和子の強烈なデビューとアクティヴさは、時代を映していたのかも知れない。

文=村澤次郎 イラスト=山﨑杉夫

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