加藤和彦が手がけた映画音楽で忘れられないのが2005年公開井筒和幸監督『パッチギ!』だ。全編に「イムジン河」が流れ、「あの素晴しい愛をもう一度」をオリジナルの形でエンディング主題歌として提供するなど、この映画に対する加藤の思い入れの深さ、そして、「あの素晴しい愛をもう一度」をとても大切な曲としている加藤の思いがスクリーンを通して確かに伝わってきた。「悲しくてやりきれない」が流れるシーンも印象深く、今でも思い出すとつい涙腺がゆるんできそうだ。そのほかにも、劇中曲としてオックスの「ダンシング・セブンティーン」「スワンの涙」、都はるみ「アンコ椿は恋の花」、森山良子「この広い野原いっぱい」などが流れていた。加藤は毎日映画コンクール音楽賞を受賞している。
多くの歌手たちに約3000曲の楽曲も提供している。前述のベッツィ&クリスの美しいハーモニーで聴かせる「白い色は恋人の色」、飯島真理「愛・おぼえていますか」、トワ・エ・モア「初恋の人に似ている」、アグネス・チャン「妖精の詩」、岩崎良美「愛してモナムール」、岡崎友紀「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー」(プロデュース、編曲も)、竹内まりや「戻っておいで・私の時間」、「ドリーム・オブ・ユー~レモンライムの青い風~」、「不思議なピーチパイ」(プロデュース、編曲も)……。吉田拓郎の「結婚しようよ」の編曲も加藤和彦による。
「あの素晴しい愛をもう一度」が挿入歌として使われている映画がもう一つある。2012年公開の三池崇史監督『愛と誠』だ。脚本を手がけたのは「TAKUMA FESTIVAL JAPAN(タクフェス)」主宰者で、俳優、脚本家、演出家、映画監督でもある宅間孝行。脚本家としての仕事にサタケミキオ名義でのテレビドラマ「花より男子」「歌姫」、宅間孝行名義での「スマイル」「君たちに明日はない」「素晴らしき哉、先生!」などがある。70年代の歌謡曲のナンバーやダンスを用いたミュージカル調の映画で、出演者たちが全員歌を歌う。太賀誠役の妻夫木聡が歌うのは西城秀樹の「激しい恋」。映画で初代の誠を演じた西城秀樹へのオマージュだろう。岩清水弘役の斎藤工はにしきのあきら(現・錦野旦)の「空に太陽があるかぎり」。そして、早乙女愛役の武井咲が歌うのが「あの素晴しい愛をもう一度」だ。なんとも楽しいシーンだった。
時代を彩った名曲やヒット曲をアーティストと観客が一体となって楽しむことをコンセプトに、2018年から「あの素晴しい愛をもう一度コンサート」が開催されている。本年も9月に開催され、きたやまおさむ、小椋佳、イルカ、清水ミチコ、森山良子、クミコ、杉田二郎、TM NETWORKのギタリスト木根尚登らが出演している。今年は放送100年というアニバーサリーイヤーで、ラジオ放送100年! ラジオで聴いたあの曲をもう一度! 私たちの時代、私たちの人生、私たちの歌が、ここに在る、という趣で開催された。もちろんフィナーレは出演者一堂による「あの素晴しい愛をもう一度」の大合唱だ。「あの素晴しい愛をもう一度」は、同時代だけではなく、時代を超えて、数多くの人たちと普遍的と言える価値観を共有できる、ある種、象徴的な歌だと言えるような気がする。
ぼくも中学時代、高校時代、大学時代の友人たちと集まったときには、いずれの時代の友だちとも最後にこの歌をみんなで歌っている。3コーラス目での転調が効果的で気分が盛り上がる。「最高だよ、最高」と加藤和彦がはしゃいだという北山修の詩、最高の詩を際立たせる加藤和彦の美しい旋律。もともとは女性デュオ・シモンズのデビュー曲として用意されたが、自分たちで歌いたくなったのももっともだ。
同じ花を見て美しいと言った、ずっと夕焼けを追いかけていった、さりげない日常の時間を共有し、お互いの心が重なった日々が、どんなにすばらしいことなのか、この曲は教えてくれる。涙が知らずにあふれてくる、広い荒野にぽつんといるような心持は、市川崑監督の名作『おとうと』で、川口浩演じる碧郎がつぶやく「うっすらと悲しい」というシーンを究極の悲しみとしてぼくの中で重なり浮かび上がらせる。〝あの素晴しい愛をもう一度〟と、聴く人の心に届いたはずだ。
心がギュッと締め付けられる。齢を重ねた今だからこそ、歌いたくなってくる楽曲だ。若き青春の日々は美しく、哀しい。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫
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