25.11.13 update

森山加代子「月影のナポリ」は60年代に洋楽ポップスが日本語カバー曲となって流行った時代の、〝女性解放〟の歌だったのかも知れない

 
 1960年代はロカビリー時代が去り、テレビが家庭に普及し始めていた。ブラウン管には海の向こうでヒットする楽曲を日本語で歌うティーンエージャー・シンガーが次から次へと登場、歌謡番組が洋楽系となって席巻し始めた。視聴者のリクエストで組み立てられた洋楽ランキング番組「ザ・ヒットパレード」(フジ)が人気の音楽番組だった。後にレコード売上やはがきリクエストなどで構成されたTBS「ザ・ベストテン」の先駆けともいえる。日テレでは東芝レコードの番組「若さで行こう」があり、弘田三枝子とスリーファンキーズの司会が懐かしい。その他、中尾ミエ、伊東ゆかり、園まりの3人娘による「スパーク・ショー」(フジ)もあったし、坂本九とダニー飯田とパラダイスキングの「マイマイ・ショー」などなど(因みに坂本九、ダニー飯田とパラダイスキングの「悲しき六十才」は洋楽の大ヒット曲)。当時の洋楽系音楽番組を数え上げればキリがない。多くの若きシンガーたち、佐々木功、飯田久彦、藤木孝、田代みどり、木の実ナナらがフレッシュ感溢れて登場していた。

 そうした時代に森山加代子は同じ芸能事務所「マナセ・プロ」の坂本九やジェリー藤尾、渡辺トモコらとともに活躍の場を広げていたのだ。ボクらの少年時代はマナセ・プロと渡辺プロによって、〝音楽脳〟は育てられたといっても過言ではない。そういえば、坂本九とかよチャンは一緒の出番が多かったせいか、二人は結婚するんだろうな、と子ども心にヤキモチを焼いた記憶すらある。

 ここで再びタイムスリップ。KYという、かよチャン似の同級生がいてボクは淡い好意を寄せていた。だからボクは坂本九の持ち歌を結構覚えていたし、彼女もかよチャンの物まね(のちのヒット曲「じんじろげ」など)が上手かった。おまけに、目鼻立ちや顎がすっと伸びた面長もかよチャン似で、三つ編みもしていたのだ! 正確には小学校5、6年生の頃。1クラス55人前後の教室が12、13組もあった団塊の世代(1学年700人?!)、その半分の女子のなかでKY一人が気になって仕方がなかった。坂本九も、「上を向いて歩こう」(1961)がヒットする以前は、ロックバンドの坊やで、エルビス・プレスリーの「ハウンド・ドッグ」や「GIブルース」など洋楽系を結構こなしていて、雑誌『平凡』の付録「洋楽ヒット曲集(楽譜入り)」で、英字歌をカタカナで覚えようとしたものだった。


 それにしても、「月影のナポリ」の岩谷時子の詞は、小学生にとっては強烈だった。いきなり、あの人に「キスして欲しい」って伝えてよと、蒼いお月様にちょっと正直過ぎるおねだりで始まる。若き女子にしては強引で、その後も、「彼を帰して」、「恋をしたのよ」、「愛しているわ」、「とても淋しい」…と蒼いお月様が顔を赤らめるような告白がつづく。恋する女子は、ティンティンティンと胸を高鳴らせて、お月様の光で彼を、見つけて、見つけて、見つけて~、と何度も嘆願する。

 今から65年前のうら若き女子の大胆な愛の告白を、リズミカルでコミカルな曲調に乗せて大ヒットさせた岩谷時子は、高度経済成長に向かう明るく屈託のない時代を読んでいたのだろうか。あまりにも明け透けの告白だった。

 かよチャンは、その後も「メロンの気持ち」、「月影のキューバ」などスキャット風もあり意味不明の出だしの洋楽ポップスのヒットを連発させ、1961年1月、やはり意味不明のコミカルソングだが初めて輸入洋楽ではなく、作詞:渡舟人、作曲:中村八大作曲によって「じんじろげ」を発売、間髪入れず「パイのパイのパイ」(作詞:渡舟人、作曲:添田さつき「東京節」カバー)を発売し、これも大ヒット。押しも押されもしないアイドルスター歌手になって、多くのテレビのレギュラー番組をこなしていた。1961年第12回NHK紅白歌合戦にはポール・アンカの「シンデレラ」(訳詞:みナみカズみ)で出場。その後、所属していたマナセ・プロから独立したものの、やっと「五ひきの仔ブタとチャールストン」(訳詞:漣健児)のヒットを背景にして第13回NHK紅白歌合戦に3回連続出場。が、その後ぷっつりと露出が激減してしまう。実は当時の独立騒ぎをボクは知る由もなかったが、それが禍いした結果だったのか。

 芸能界の浮き沈みは誰もが知るところだが、一方、「上を向いて歩こう」が全米で「SUKIYAKI」となって大ヒットし、「見上げてごらん夜の星を」など坂本九は次々とヒット街道まっしぐらだった。わずか2、3年の出来事にもかかわらず、かよチャンの名はすっかり遠ざかってしまい、東芝レコードからはつづくヒット曲は出ずじまい。ドサ回りを余儀なくされていた時に、先輩の水原弘の励ましで再びメジャーへの返り咲きを決意する。独立事務所を解散し、再起を期してコロンビアレコードと契約。1970年1月、売れっ子作詞家、阿久悠による「白い蝶のサンバ」が発売される。作曲の井上かつおによる、軽快なサンバのリズムで早口口調の出だしのポップな歌謡曲となった。カムバックにしては驚くべきミリオンセラーの大ヒットで、1970年、8年ぶりに4度目となる第21回NHK紅白歌合戦に再出場。〝華麗なるカムバック〟と賛辞が降りそそいでいた。しかし、デビューから10年後の歌謡界の出来事に関心は薄れていて、というよりボクの音楽遍歴の興味も移ってしまっていた。当たり前だが、KYのこともとうに忘れてしまっていた。

 スターの浮き沈みを辿るつもりではなかったが、その後のかよチャンは社会福祉活動に精を出していたことが伝わっているし、〝老後〟のかよチャンから派手なスター活動はなかった。森山加代子の歌手人生には明と暗が交錯している。

文:村澤次郎 イラスト:山﨑杉夫 

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