new 26.01.08 update

中森明菜、小泉今日子、松本伊代、堀ちえみら〈花の82年組〉のアイドルたちに隠れていた演歌が、大川栄策「さざんかの宿」の大ヒットで改めて日本人の心をつかんだ!

 「大川栄策」の名付け親は、昭和の代表的作曲家でありギタリストの古賀政男である。周知のとおり、古賀は国民栄誉賞も受賞しており、2020年のNHK連続テレビ小説「エール」のモデルになった古関裕而とライバル関係にある作曲家だった。ドラマの中では、人気ロックバンド「RADWIMPS」のボーカル・ギターの野田洋次郎が演じたのが記憶に新しい。
 古賀も、大川も福岡県大川市出身で、高校1年の時に古賀の知遇を得た大川は、卒業後上京しアルバイトをしながら古賀の音楽教室で学ぶ。当時の古賀は、村田英雄の「無法松の一生」、美空ひばりの「悲しい酒」「柔」、北島三郎らが歌った「東京五輪音頭」などミリオンセラーを連発する雲の上の存在だった。大川は作曲、ギターなど300人を超える弟子の中から身の回りのこともお世話をする最後の内弟子になった。車の送迎から日常の雑事、人に対する礼儀作法を教え込まれた。故郷の「大川」を「栄」える「策」と込められた「大川栄策」として、1969年6月、「目ン無い千鳥」(作詞・サトウハチロー、作曲・古賀政男、編曲・佐伯亮)でデビューしたのは20歳のときである。複数の歌手にカバーされ、大川の代表曲のひとつになっているが、そのあとは地味な活動が続く。

 1980年に大ヒットした都はるみの「大阪しぐれ」(作詞・吉岡治、作曲・市川昭介、編曲・斉藤恒夫)に痛く感動した大川は、作詞を吉岡治に直接依頼し、できあがったのが「さざんかの宿」だった。デビューから13年が経ち、残念ながら1978年7月に亡くなった師匠の古賀には晴れ姿を見せることができなかった。ザ・ベストテンの番組内では、故郷の大川市が家具の街で、実家も家具屋を営み子供の頃よく手伝いをしていたことから、箪笥を担いで歌ったことが今でも伝説になっている。

 他人の妻とは知りながら惹かれあう男女の悲恋を歌った「さざんかの宿」は累計180万枚の売り上げを記録し、1983年のNHK紅白歌合戦に初出場を果たし、第25回日本レコード大賞では、ロングセラー賞を受賞している。

 
 注目したのは、大川が惚れ込んだ作詞家の吉岡治である。演歌に詳しい方ならお馴染みの作詞家だろうが、演歌からポップス、童謡からアニメソングまで、たくさんのジャンルでヒット曲を遺した音楽家である。

 吉岡は昭和9年、山口県生まれ。早くに母を亡くし、父と炭鉱町を渡り歩く貧しい少年時代を送ったが、父も16歳で他界。吉岡の寂しさを癒してくれたのが歌だった。詩人のサトウハチローの門下生になり、28歳の時、童謡「おもちゃのチャチャチャ」がヒット、「あわてんぼうのサンタクロース」も吉岡の作品だ。その後、流行歌に転じ、美空ひばりとジャッキー吉川とブルー・コメッツの「真赤な太陽」(67年)は、演歌の女王をポップスへ導いた。千賀かほるの「真夜中のギター」もヒット、しかし吉岡は人生の哀愁や人情、日本人の「心」を表現する演歌にこだわった。なかなかヒット曲に恵まれず、開花したのが都はるみの「大阪しぐれ」だった。本曲では、日本作詞大賞を受賞している。

「行間の詩人」と異名を取るその作品は、歌詞の行間に思いが込められている。盟友の作曲家・弦哲也と天城の宿に籠って生み出した石川さゆりの「天城越え」をはじめ、「波止場時雨」「夫婦善哉」、五木ひろし「細雪」、瀬川瑛子「命くれない」、内田あかり「好色一代女」など、あげればキリがないが、人気アニメ『キャプテン翼』の「燃えてヒーロー」、「冬のライオン」、「明日に向かってシュート」などの作詞も手掛けているのが興味深い。

 

 吉岡の演歌は、女性の抑えきれない深い愛憎や執着を詞にしたものが多い。「さざんかの宿」は、男性からの許されぬ恋慕を歌っているが、吉岡の行間に込めた思いを大川の丁寧な歌唱で、許されぬ愛が美しい「純愛」に化している。たぶん、父にはこんな経験はなかっただろうが、白い雪を被った真っ赤なさざんかの花を思い浮かべながら、「さざんかの宿」の世界にどっぷり浸かってマイクを握りしめていたのだろう。瞼を閉じてうっすら涙を伝わせ、歌っていた父の姿がよみがえってきた。

「大川栄策さん、いい歌を遺してくれてありがとう」と、一言伝えたくなった。

文=黒澤百々子 イラスト=山﨑杉夫

1 2

新着記事

  • 2026.01.11
    1月25日(日)が上野動物園のパンダお別れの日!京...

    京成電鉄の期間限定乗車券

  • 2026.01.08
    中森明菜、小泉今日子、松本伊代、堀ちえみら〈花の8...

    大川栄策「さざんかの宿」

  • 2025.12.29
    【追悼】内館牧子さんがエッセイ〈生前整理〉に書いて...

    内館牧子さんの訃報に接して

  • 2025.12.26
    『「桐島です」』に続いて『安楽死特区』で主役を演じ...

    究極の題材「生死」をまっすぐに表現する

  • 2025.12.25
    昭和の「NHK紅白歌合戦」の常連だった浪曲出身の二...

    村田英雄「王将」

  • 2025.12.25
    第68回【萩原朔美 スマホ散歩】夢見る「重さ博物館...

    ウエイトは重要な道具だ

  • 2025.12.23
    銀幕の妖精と呼ばれた、オードリー・ヘプバーンの写真...

    開催中~3月8日(日)

  • 2025.12.23
    キムラ緑子のパワフルでダイナミックな歌とダンスで、...

    東京:1月2日~20日、大阪

  • 2025.12.23
    映画の世界観を追体験する展覧会『映画「国宝」展 ―...

    1月7日(水)~28日(水)

  • 2025.12.23
    30万部突破のベストセラー! 藤川徳美医師の最新刊...

    応募〆切:1月31日(土)

映画は死なず

特集 special feature  »

<特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が語る「三屋清左衛門残日録」~時代劇にはまだまだ未来がある~

特集 <特集>今、時代劇が熱い! 第三弾 主演北大路欣也が...

藤沢周平原作時代劇「三屋清左衛門残目録」の章

松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松宗雄が語る誕生秘話〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

特集 松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若松...

〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!