この時代、人気実力ともに認められている男性歌手のヒットメーカーと言えば、布施明、森進一、五木ひろし、そして沢田研二だった。年末の賞レースでも競い合っていた。レコード大賞で言えば、まず、73年に五木が大賞を獲り、74年には森進一が「襟裳岬」で大賞を受賞した。最優秀歌唱賞は「みれん」で前年大賞の五木が受賞、最優秀新人賞は「逃避行」を歌った麻生よう子で、オリコン週間チャートで1位になったジュリーの「追憶」(作詞:安井かずみ、作曲:加瀬邦彦)は歌唱賞に終わった。
75年にはテレビドラマ「悪魔のようなあいつ」の挿入歌である「時の過ぎゆくままに」をリリース。作詞は阿久悠が手がけ、作・編曲は元ザ・スパイダースのメンバーでドラマ「太陽にほえろ!」など多数のテレビドラマの音楽を担当している大野克夫が手がけ、オリコン週間チャートでは5週連続1位、年間チャートでも4位という大ヒットで、ジュリーの代表曲のひとつにも数えられるが、この年の大賞に輝いたのは布施明「シクラメンのかほり」だった。最優秀歌唱賞は「千曲川」の五木ひろし、最優秀新人賞は「心のこり」を歌った細川たかしだった。五木ひろしの賞との縁の深さに驚かされる。
76年には阿久悠作詞、大野克夫作・編曲の「立ちどまるなふりむくな」、小谷夏作詞、沢田自身の作曲、船山基紀編曲の「コバルトの季節の中で」などをリリースし、オリコン週間チャートでもトップ10に入るが、新幹線車内での乗客とのトラブル騒動により、賞レースも紅白歌合戦も辞退している。小谷夏は久世光彦のペンネームで、堺正章「涙から明日へ」、天地真理「ひとりじゃないの」などの作詞も手がけている。ちなみにこの年のレコード大賞には都はるみの「北の宿から」が輝き、最優秀歌唱賞は「もう一度逢いたい」の八代亜紀、最優秀新人賞は「想い出ぼろぼろ」で内藤やす子が受賞している。
そして77年5月21日に19枚目のシングルとなる「勝手にしやがれ」をリリースする。作詞は阿久悠、作曲は大野克夫、編曲は船山基紀が手がけている。オリコン週間チャートではピンク・レディーの「渚のシンドバッド」と競い合い、通算5週にわたり1位を獲得している。年間チャートでも4位という大ヒットとなり、やはり沢田研二の代表曲のひとつと言える。もっとも、ジュリーの歌った楽曲はすべてが代表曲のようなものだと思えるが。
テレビの歌番組では、クリーム色の三つ揃えスーツを着てソフト帽を被り、歌の途中でソフト帽を投げるパフォーマンスが大いに受け、子どもたちまで真似するほどに浸透した。日本歌謡大賞・大賞、日本有線大賞・大賞、東京音楽祭世界大会銀賞など数々の賞に輝き、そして、ついに日本レコード大賞・大賞にも輝いた。ぼくには、やっとという遅すぎる受賞に思えた。授賞式にはショーケンこと萩原健一や、岸部一徳ら仲間たちも駆けつけた。もちろん紅白歌合戦にも5度目の出場を果たしている。
続く78年にも「サムライ」、「ダーリング」、「ヤマトより愛をこめて」などヒット曲を連発し「勝手にしやがれ」と同じく阿久&大野&船山トリオによる「LOVE(抱きしめたい)」で、日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞し、歌手としての頂点に立った。FNS歌謡祭グランプリも受賞、ゴールデン・アロー賞大賞にも輝き、紅白歌合戦では初の大トリを務めている。
ジュリーは聴かせる歌手であると同時にヴィジュアルでも魅せる歌手でもある。ジュリーの楽曲は、映画のように総合芸術の域にあるように思わせる。「勝手にしやがれ」「サムライ」などは同名のフランス映画を連想させるし、歌詞はシナリオのように物語を匂わせる。そして、その曲のイメージに合わせた衣裳は、楽曲のイメージを育て、それをまとったジュリーはまさしく役者である。
金色のキャミソールを着て歌った「さよならをいう気もない」、タトゥー風の柄のシースルーにナチスのロゴが入った軍服を思わせる出で立ちでの「サムライ」、セーラースタイルの「ダーリング」、血に染まった包帯を手に巻いた「LOVE(抱きしめたい)」、カンカン帽に白いジャケット、ジーンズのパリジャン風の「カサブランカ・ダンディ」、客船のキャプテンを思わせるような白いマドロス・スーツの「OH!ギャル」、「TOKIO」では電飾の施されたミリタリー風ジャケットに赤と白のストライプ模様のパラシュートを背負うという意表を突いた、だがジュリーならばと、色物になることなくファッションとして見事に魅せてくれ、フォンを熱狂させた。「恋のバッド・チューニング」では、ビニール製の未来的なファッションに、当時はまだ珍しいカラー・コンタクトを着用した。