ラジオはいつの時代も人と人を繋いでくれる

ラジオを聴くときはラジオの前に集合

 松本清張原作、野村芳太郎の『張込み』(57年)は、二人の刑事(宮口精二、大木実)が強盗殺人の容疑者(田村高廣)を張込む物語。

 舞台は佐賀市。容疑者は昔の恋人でいまは人の妻となった女性(高峰秀子)のところに現われる可能性が高い。二人の刑事は、女性の家の前にある旅館の二階に泊り込んで容疑者の現われるのを待つ。

 この旅館で働いている若い女性(小田切みき)はラジオで歌謡番組を聴くのが大好き。一日の終り、旅館の茶の間で泊り客たちとラジオの前に座る。

 折りしもラジオからはアナウンサーの声が聞こえてくる。「北は北海道からから南は九州まで。全国のみなさん、ラジオの前にお集まり下さい」

 聞いている客が「もう集まっているよ」と陽気に合いの手を入れる。放送される番組は「民放祭り十大歌手歌謡曲大会」。

 美空ひばりの「君はマドロス海つばめ」や青木光一の「早く帰ってコ」が流れてくる。

 歌の好きな若い女性は歌詞の入った本を手にしながら歌手と一緒に歌う。この本は当時「明星」や「平凡」などの月刊誌の付録になっていたいわゆる歌本。ラジオの歌謡番組を聴く時はこれを離せなかった。

 ちなみにNHKラジオで紅白歌合戦が始まったのは昭和二十六年(1951)。この時代、ヒット歌謡はラジオから生まれた。

 歌番組だけではない。小津安二郎監督の『麦秋』(51年)では鎌倉に住む若い女性(原節子)がラジオで歌舞伎の中継を聴いている。

 テレビではなくラジオでの舞台中継はアナウンサーにとって相当難しい仕事だっただろう。「ただいま舞台上手から中村勘三郎がしずしずと現われました」と状況をこまかく説明したものだった。

 日本でラジオ放送が始まったのは大正十四年(1925)。東京・芝の愛宕山の東京放送局が始めた。新メディアだが人気は高く、当初すでに聴衆契約者は十万人を越えた。大正十五年(1926)には、東京、名古屋、大阪の三つの放送局が合同し日本放送協会(NHK)が設立された。

ラジオの実況中継で高まった野球人気

 ラジオの普及をうながした人気番組のひとつはなんといってもスポーツ中継だろう。昭和二年(1927)に甲子園球場で開かれた第十二回全国中等学校野球大会(現在の高校野球)がラジオによるはじめての野球中継とされている。

 これが評判となりこの年の秋には神宮球場での早慶戦がラジオ放送され、ラジオの前には黒山の人だかりとなった。

 大正十一年(1922)東京生まれの評論家、安田武の回想記『昭和東京 私史』(新潮社、82年)には子供時代、神宮の六大学野球の実況放送に熱中した思い出が懐しく語られている。

「野球放送がはじまると、ラジオに齧(かじ)りつき、スコアー・ブックを拡げて、ストライク、ボール、ファウルに至るまで、いちいち丹念に記入していった」

 安田武によると早慶戦の人気は松内則三アナウンサーの名調子の力が大きかったという。

「神宮球場はどんよりとした空、夕闇迫る空、鴉が一羽、二羽、三羽、四羽、─風雲いよいよ急を告げています」

 昭和十二年(1937)に出版され、いまも読み継がれている少年たちの友情の物語、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』には東京の中学生「コぺる君」が友人たちの前で早慶戦のラジオの実況中継を真似るくだりがある。机の上にラジオを置き、そのうしろに風呂敷をかぶって座る。アナウンサーの「名調子」の真似をする。

 「……紺青の空晴れ渡り、風は落ち、神宮球場には砂埃一つあがりません。センター後方の大日章旗がわずかに風にゆれているばかり、正に絶好の野球日和であります」

 野球人気はラジオによる実況中継と共に高まったことがうかがえる。戦前のラジオの名実況中継といえばなんといっても、昭和十一年(1936)八月のベルリン・オリンピックの水泳女子二〇〇メートル平泳ぎ。河西三省アナウンサーが「前畑がんばれ」と三十六回も繰返し、日本中を熱狂させた。その声援に応えるように前畑秀子はみごと優勝。平和な時代のもっとも幸福なラジオ番組だったといえるだろう。

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