放浪の画家「山下 清の世界」を今。

▲映画やテレビドラマのイメージで、浴衣、ランニング、短パン姿の清を思い浮かべるが、外出するときの洋服は、ベレー帽、開襟シャツ、ジャケット、スラックスが多かった。

 清の絵が世間に紹介されて一大ブームを巻き起こしたとき、美術界からは批判的な声もあがったようである。たとえば小林秀雄は、彼の絵には意味とか情緒が欠如しており「一種空洞な感じ」があると書いた。この指摘にわたしは驚いてしまう。この「空洞な感じ」こそが山下清の魅力であり、この空洞が意味で埋まってしまっては、凡庸で退屈きわまりないではないか。

 清は自分のなかに渦巻く感情や情緒を絵に表現しようとはしなかった。絵を自分を語るための手段にしなかったと言い換えてもいい。なにかに心を奪われて自分が空洞状態になったときに瞼に映った光景を、記憶の鍋で煮つめて絵として差しだしたのだ。それは、「私」にこだわりすぎて外との関係が絶たれてしまう自我の憂鬱とは真逆のすがすがしさに満ちている。

▲《パリのサクレクール寺院》1962(昭和37)年 貼絵 45.5×53cm 山下清作品管理事務所蔵© Kiyoshi Yamashita / STEPeast 2023
「ぼくは日本国中ほとんど歩いてしまったから、どうしても外国見物をしたい」と言い出した清は、」1961年(昭和36)年ヨーロッパに旅立った。わずか40日間でドイツ、スウェーデン、デンマーク、オランダ、イギリス。フランス、スイス、イタリア、エジプトなどを訪れ帰国後、貼絵、水彩、素描の制作に入った。

 清は旅についてこのように日記に書いている。

自分が良いところへ行こう 行こうと思うと 少しも良いところへ行かれない

良いところへ行こうとしなければ 自然に良いところへぶつかる

 意図や意識に縛られれば世界は遠ざかり、そこから自由になるほど逆に近寄ってくる。貼り絵はそれを実感する場だったのかもしれない。指先で紙を細かくちぎって貼りながら、怒ったり苛立ったりする自分を手放すうちに、絵は中心を失い、小さな粒となって細胞のように増殖していく。意味を追うのではなく、生命の仕組みに倣った創作だったのである。 

▲《東海道五十三次・富士(吉原)》制作年不詳 版画 27×35cm 山下清作品管理事務所蔵© Kiyoshi Yamashita / STEPeast 2023
1965年(昭和40年)43歳のとき、ライフワークとして『東海道五十三次』の制作に入った。「80歳くらいまでかかるかな」と計算していた潔だった。貼絵としては未完だったが、素描画の『東海道五十三次』は完成していた。

おおたけ あきこ
文筆家。東京都生まれ。ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など幅広い分野で執筆活動を行う。インタビュアーとしても活躍中。主な著書に『随時見学可』(みすず書房)、『図鑑少年』(小学館)、『眼の狩人』(ちくま文庫)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『個人美術館への旅』(文春新書)、『旅ではなぜかよく眠り』(新潮社)、『須賀敦子のミラノ』(河出書房新社)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『東京山の手ハイカラ散歩』(平凡社)など。エッセイと対談を収録した「カタリココ文庫」を個人出版しており、間もなく12号に達する。https://katarikoko.stores.jp


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